私の街の石造物
大阪市・中央区 井原西鶴のお墓(誓願寺)
大阪市中央区の石造物 誓願寺 井原西鶴のお墓
井原西鶴は、江戸時代の俳諧師であり、浮世草子、浄瑠璃作者である。
41歳の時に、『好色一代男』を書き上げて有名になる。
江戸時代後期には、忘れ去られていた西鶴は、日本近代の作家たちに影響を与えたという。
西鶴のお墓は、1693年に亡くなった後、長らく不明とされていた。
明治20年前後、菩提寺である大阪市中央区の誓願寺の無縁塚にて発見される。
発見者は諸説あり、幸田露伴や朝日新聞記者の木崎好尚とも言われている。
墓所の一番奥、その中心に井原西鶴の墓はある。
誓願寺には、今の多くの井原西鶴ファンが訪れる。
私立学問所「懐徳堂」を創設した中井一族のお墓もあり、大阪の文化を知るためには、一度は訪れたいところである。
井原西鶴のお墓がある誓願寺
- 住所 大阪市中央区上本町西4丁目1番21号
- 最寄り駅 谷町六丁目駅より徒歩8分
井原西鶴のお墓がある誓願寺境内墓地の紹介ページはこちら
https://www.osaka-sekizai.jp/news/honsya/21058/
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