特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

「カルティエ、時の結晶」開催記念―建築家 榊田倫之

2020.11.11


「カルティエ、時の結晶」展示室内の大谷石


●インタビュー「カルティエ、時の結晶」開催記念/「月刊石材」2019年10月号掲載

「時間」をテーマに日本の石で会場を構成!
“石の景色”を生かす使い方・デザインに注目
建築家 榊田倫之
(新素材研究所 / 杉本博司+榊田倫之)

「カルティエ、時の結晶」(国立新美術館、会期:2019年10月2日~12月16日、*現在は会期終了)の会場構成を担当した新素材研究所。特に「大谷石」をふんだんに使用し、切り出したままの粗面を生かしながら大迫力の空間をつくり出しました。また「伊達冠石」「竜山石」も使い、奇跡の石といえるカルティエの宝石と対峙させることで壮大な時間を表現しました。展覧会開催記念の特別インタビューとして、現代美術作家・杉本博司氏とともに新素材研究所を設立した榊田倫之氏に、日本の石に対する思いの一端と同展での石の使い方などをお聞きしました。
*展覧会「カルティエ、時の結晶」は終了しています


――今年は杉本博司先生とともに新素材研究所として本誌の表紙等にご協力いただき、誠にありがとうございます。
榊田倫之氏(以下、榊田) 私も石が大好きなので、毎号楽しみにしています(笑)。

――石のどういうところがお好きですか?
榊田 建築の勉強のためにヨーロッパへ行っても、古い遺跡を含め、石の建築が随所にありますから、もともと建築家としての興味の対象ではありましたね。ただ、私は大学を出てから建築家・岸和郎先生のもとで修業をしていたんですが、当時は建築を構成する一要素くらいにしか考えていませんでした。

それが30歳くらいで杉本博司と知り合って、一緒に仕事をするようになってからは、国内外の丁場(採石場)へも行くようになり、もっと素材としての石に近づくようになりました。たとえば丁場のスケール感も好きですし、石を採掘・加工し、出荷するシステムやロジスティック(物流)まで知るなど、産業的な構造からも石を見るようになり、どんどん好きになっていきました。


石にはビハインドストーリーがある
それを知ることで石がどんどん好きになる

榊田
 日本で「石屋さん」というと、「墓石屋さん」といいますか、お寺について地産地消で商いするスタイルが一般的ですよね。でも面白いのは、「根府川石」(ねぶかわいし、神奈川県産)は実は古くから京都など関西のお庭で重宝されていたのです。また、それを軸に調べてみると、すぐ隣りには「小松石」(こまついし)の産地がある。「大谷石」(おおやいし、栃木県産)は近年、地下の採掘場跡地に冷水を溜めてイチゴを栽培したり、石って何だかいろいろとつながって、本当に面白いなと思いますね。

それぞれの石にビハインドストーリーが必ずあり、それを知ることでどんどん石にのめり込んでいったという感じです(笑)。

――「大谷石」のイチゴ栽培など、人々の生活に結びついていることも魅力ですね。
榊田 まさにそうです。日本ではさまざまな石が採れますが、私自身は軟石系がいいなと思っています。中国やイラク、イタリアのカラーラなどに比べると、日本の石は産地としても、産業としてもスケールは小さいものですが、それは当然、地域に根付いたものであって、昔は高度な機械がなく、手作業で切り出し、加工しやすいものが選ばれて使われていたわけです。そういうことが背景に見えますね。

江之浦測候所「100メートルギャラリー」



「何とか日本の石を使おう」という気概

榊田 私たちは「何とか日本の石を使おう」「日本の石をいかに使っていくか」ということを、どのプロジェクトでも真剣に考えています。

日本で建築に石を使おうとすると、石の使い方(サイズやボリューム、加工度など)で欧米や中国などには勝てません。日本国内では一つの成果として認められますが、もっとインターナショナルな視点に立てば、「中国の〇〇ビル、イタリアの〇〇ビルのほうが凄い」といわれてしまう。だから建築家、設計者としての私たちのスペシャリティー(特色、専門性)を考えたとき、日本の石をいかに使うかということがとても重要になると考えています。

いま取り組んでいる東京・六本木の案件では最初から中国産黒みかげ石がスペックされていましたが、そこに「芦野石」(あしのいし、栃木県産)と「男鹿石」(おがいし、秋田県産)を提案しました。吸水性などの問題ですべてが通るわけではありませんが、この姿勢は一貫して持ち続けています。

――当初予定されている石(外材)を変更するのは難しそうですね。
榊田 大手ゼネコンの大きなプロジェクトになると、それを請ける建築石材業者もだいたい決まっています。そうなると彼らの文脈のなかで仕事が進んでいきますが、以前、大手の建築石材業者の石置き場に行ったことがあって、そこで見ると、けっこう面白いものをストックしているんですね。東京にいて担当者と話をしても、そういうことはまったくわかりません。

でも、設計者が実際に丁場や石置き場に足を運んで情報を得ていると話は変わります。だから設計者自身が石を知っているか、知らないかでは大きな差がありますね。また自分たちで積極的に石の情報を集めていると、まわりの石屋さんからも「どこそこにこういう石があるよ」と声をかけられるようにもなって、そういうつながりもまた石の面白さですよね。

先日は「椚石」(くぬぎいし、群馬県産)という安山岩系の石を使いました。いまの財務省の建物(昭和初期竣工)にも使われている石で、黄色味のあるとてもやさしい色合いの石なんですね。

でもそうやって国内外の石を見ていると、石の色合いや表情って、なんかその国の国民性を表しているみたいですよね(笑)。ブラジルにしても、イタリアにしても、まさにそう思いませんか? 日本の石は本当に微妙で、繊細なやさしさがあって、とてもいいなと思います。

大谷石を多用する「100メートルギャラリー」



――本当に好きなんですね(笑)。

榊田 はい(笑)。これは言霊(ことだま)みたいなところもありますが、私たちは石の目や模様を「石の景色」というようにしています。いまの建築界では、キズやムラ、色・模様合わせなど、石の品質を非常に厳しく求められますが、私たちはそうではなくて、「この石の景色はいいね」と考え、実際にそれを生かして使っています。

でも、これについては今回のインタビューの主旨に少し外れるので、また機会を改めましょうか。石の話になると尽きません(笑)。