特別企画
お墓や石について、さまざまな声をお届けします。
「カルティエ、時の結晶」開催記念―建築家 榊田倫之
「カルティエ、時の結晶」で、
奇跡の宝石と素朴な大谷石とを対峙させる
――今回の主旨は「カルティエ、時の結晶」ですね。新素材研究所が会場の構成・デザインを担当されました。特に「大谷石」をふんだんに使用されていますね。
榊田 展覧会の全体のテーマは「時間」で、杉本博司も「時間」をテーマに創造する美術家です。そして石もまた46億年という地球の歴史のなかで生まれた「時間」を象徴する素材です。特に「大谷石」の“ミソ”(茶褐色の斑点)などを見ていると、長い時間の流れのなかで堆積して結晶化した有機物が見えるわけです。
一方でカルティエの宝石もまた石です。しかもエメラルドやダイヤモンドなど、ここで展示する美しい宝石類は、地球の時間のなかで見ると、まさに奇跡といえます。
その奇跡の石と、「大谷石」という素朴な石を対比的に見せる。どちらも同じ地球から生まれた「時間」を表現するものですが、その対極性の面白さ。宝石を引き立てるための「大谷石」では決してなく、どちらの石のよさ、美しさも際立たせるのが私たちの狙いです。
カルティエの宝石にもビハインドストーリーがあります。宝石は、古くはその時代の権力者、もしくは資産家がつくらせたものでもあり、富や権力の象徴で、いわば資本主義経済の生身の部分といえます。もちろん、それを文化として高めたことはカルティエの大きな功績なわけですが、でもそのストーリーを見せるべきかというと、それは少し違うとも考えました。
そこで、私たちは「素数」(一とその数自身の他に約数を持たない正の整数、例=2、3、5など)といっていますが、ここではカルティエの宝石を素数化することを試みました。つまり幾何学的な形状や色、配列などの美しさを単純化して、素朴な素材としての「大谷石」と対峙させるのです。物質と物質を対峙させ、それぞれのよさを引き立てる。そうして「時間」という長いスケールを表現しようと考えたのです。
「カルティエ、時の結晶」での大谷石の景色
約550本の大谷石が大迫力で迫る!!
――会場を拝見して、「大谷石」の迫力に圧倒されました。採掘場で切り出したままの石を使われていますね。
榊田 サイズとしては約150×300×900ミリの「五十(ごとお)石」と呼ばれるものを、全部で約550本使っています。加工としては、切り出した石を半分にカットするもので、岩盤から剥がした面はそのままで見せています。だからほとんど手を加えていませんね。
デザイン的には、それらの石を井桁(いげた)状に組んで、最終的に最大6段で積んでいます。本当はもっと高く、10段くらいまで積みたかったんですが、建物の耐荷重の問題で六段までが限界でしたね。そういう石の組み方、デザインは事前に模型やコンピューターグラフィックスなどを使って、さまざまな視点での検討を重ねながら決めていきました。また石と石との接合には接着剤を使っていますが、建物の免震装置との兼ね合いのなかで、どのくらいの振動に耐えられるかということを構造的に計算して決めています。
――構想から「大谷石」の調達など、どのくらいの期間を要しましたか?
榊田 展覧会の構想自体は約3年前から始まって、「時間」というテーマが決まってから「石は欠かせない」となり、1年くらい前には「大谷石」に決めていました。
「大谷石」は江之浦測候所(神奈川県小田原市)の“100メートルギャラリー”でも多用していて、ちょうど1年くらい前に宇都宮市が「大谷石」のウェブサイトをつくるということで、江之浦測候所を紹介したいという相談があったんです。そのときに私が「“大谷石大使”になりたい」と勝手に立候補しまして(笑)。その流れでカルティエ展の相談もして、今回、大谷石材協同組合にご協力いただきました。
2点:展覧会に向け大谷石採掘場でモックアップを検証する杉本博司氏と榊田氏
photos:Kenta Aminaka
――“大谷石大使”になられたんですか?
榊田 いえいえ、そもそもそういうポストはないんです(笑)。
――やっぱり「大谷石」が好きなんですね(笑)。
榊田 「大谷石」の面白いところは、鋸(のこ)で切れるというやわらかさと、寂(さ)びた表情の美しさ、そしてじっと見ていると、まさに「時間」が見えてくるということですね。“ミソ”が、まるで化石みたいに現れてくるのも、何ともいえない魅力です。
私たち建築のフィールドにいる人間にとっては、一方では「この石は建材には不向き」という気持ちも確かにあるんです。建築は多面的な視点で評価していかないといけませんからね。でも、本心ではとても魅力的な素材と思っています。そういうことを、私たちがもっと啓蒙していければいいなという気持ちですね。
――それはぜひ啓蒙していただきたいです。その他にもカルティエ展では石を使用されていますね。
榊田 カルティエの宝石を飾る台に「伊達冠石」(だてかんむりいし、宮城県産)と、ショーウィンドウ内の一部には「竜山石」(たつやまいし、兵庫県産)も使用しています。
「伊達冠石」は、かつて「泥かぶり石」といわれていました。これも先ほどの“石の景色”で少し触れた言霊のようになりますが、私は「泥かぶり石」の名前がいいなと思っています(笑)。いまこの石はブランド強化に取り組んでいて、決して受け身ではなく、発信する姿勢を持っているのは評価すべきところですね。
――美しい宝石と、日本的な素朴な表情を持つ「大谷石」「伊達冠石」「竜山石」が揃う、まさに石材関係者は必見の展覧会ですね。
榊田 そう思ってご覧いただければうれしいですね。読者の皆様には、新素材研究所が生かすそれぞれの“石の景色”を楽しんでいただきたいと思います。ぜひご来場ください!
――本日はお忙しいところ、貴重なお時間、お話を誠にありがとうございました。
photos: (c) Hiroshi Sugimoto / Courtesy of New Material Research Laboratory
出典:「月刊石材」2019年10月号
聞き手:「月刊石材」編集部 安田 寛
◇江之浦測候所 施設概要
構想:杉本博司
基本設計・デザイン監修:株式会社新素材研究所
実施設計・監理:株式会社榊田倫之建築設計事務所
施工:鹿島建設株式会社
石工事:株式会社小林石材工業
公益財団法人小田原文化財団 江之浦測候所
所在地:神奈川県小田原市江之浦362番地1
Tel. 0465-42-9170
www.odawara-af.com
休館日:火・水曜日、年末年始および臨時休館日
入館料:3,000円(税別)
※見学は事前予約制。公式ウェブサイト(上記)より
株式会社新素材研究所
URL:https://shinsoken.jp
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