特別企画
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石材・石造物に及ぼす「塩類風化」とは ― 埼玉大学大学院理工学研究科 准教授 小口千明先生 に聞く
小口千明先生
「塩類風化」(salt weathering)とは
「風化」という言葉は、記憶や印象が月日とともに薄れていくこと、たとえば「戦争体験が風化する」などという言い方で使われることが多いですが、岩石が日射や空気、水や生物などの影響で、次第に破壊されていく現象にも使われます。風化→侵蝕→運搬→堆積という、4つの地形変化プロセスの第一段階を表す地形学の専門用語であり、物理的風化と化学的風化の2つに大別することができます。
これらの風化過程のうち、塩類風化は物理的風化に分類され、岩石内部に存在する水に溶けている塩類(酸・塩基成分に由来するイオン性化合物)が、乾燥により固体状の結晶として現れる際に生じる力により岩石そのものを壊す現象を指します。このほか、塩の熱膨張や水和作用により生じる応力に起因する場合もあります。
小口氏宅の石塀に生じた白華現象。右上はその拡大図(小口氏提供)
「塩類風化」を引き起こす要因
塩類風化の要因には、岩石の強度や間隙構造など岩石そのものの物性による「内的要因」と、塩類の種類、周辺環境の水分状況、気温や湿度などによる「外的要因」があります。塩類はそもそも地下水や雨水にわずかに含まれていますが、このような水が岩石中に浸透すると反応(水‐岩石反応)が起こり、乾燥して塩類が析出(液体から固体状の成分が現れること)する際に岩石を壊すのです。
石材店の皆さんであれば、モルタル施工した墓石や建材の目地、あるいはひび割れ部分などに現れる「白華現象(エフロレッセンス、洟垂れ)」としてご存知のことと思います。白華も塩類風化によるものです。
とりわけ破壊力の最も大きい塩類の一つとして、硫酸塩が挙げられます。日本のような火山国では火山ガス中の硫黄が岩石起源のアルカリ成分と反応し、硫酸塩として岩石組織内に再沈殿して破壊に至ることが多々ありますので、塩類風化は決して海岸部だけで発生する現象とは限りません。
たとえば、塩類風化との関連性が指摘されている世界的に有名な事例として、エジプト・カイロ郊外にある、ギザの大スフィンクスが挙げられます。石灰岩の台地を掘り下げてつくられた大スフィンクスは、約200年前のナポレオンのエジプト遠征時には首まで砂に埋まっていました。
写真提供:小口先生
ギザ台地は5,000万年前頃に海底から隆起して陸地になったので、岩盤自体に塩分が多く含まれています。塩は岩盤下の地下水脈に溶け出しますが、毛細管現象により地表面まで上がってきます。そして、大スフィンクスの全身が砂から掘り出されると、乾燥に伴い塩が析出して表面が剥落し、深刻な塩類風化が起きてしまうのです。
また国内の事例では、大分県臼杵市の臼杵磨崖仏が挙げられます。こちらは溶結凝灰岩のそれほど硬くはない地層に彫られたもので、いまは立派な覆屋が設置されていますが、それ以前はずっと雨ざらしの状態でした。
石仏の下半身が削り取られたように見えるのは、阿蘇石(阿蘇溶結凝灰岩)の非溶結部に相当していて脆弱な層であるうえ、その高さまで毛細管現象により地下水が上がり、それが岩石表面からの乾燥が進んで塩類が析出してくることで説明できます。
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