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石材・石造物に及ぼす「塩類風化」とは ― 埼玉大学大学院理工学研究科 准教授 小口千明先生 に聞く
岩石の風化と大きく係わる間隙構造
塩類風化の内的要因として、岩石の強度と間隙構造を挙げましたが、「間隙率(体積当たりの間隙の割合)が大きく、かつ引張強度の小さい岩石ほど風化の影響を受けやすい」というのが従来の見解です。それまでは、せいぜい有効間隙率の測定までで、水分が岩石の内部へ入り込める間隙割合を推定していました。
しかし、最近では、塩類風化に影響を与え得る間隙径をさらに詳細に調べるために、間隙径分布測定(間隙のサイズの分布状況)に着目した実験なども行なわれています。
岩石と塩類の組合わせによる複合実験
以前、物性の異なる複数の石材を2種類の硫酸塩溶液に浸漬させて、それぞれの風化の度合いを調べる実験を行なったことがあります。
その実験に使用した石材は、①大谷石(栃木産、凝灰岩)、②芦野石(栃木産、溶結凝灰岩)、③抗火石(東京・新島産、多孔質流紋岩)、④赤色砂岩(インド産、細粒砂岩)、⑤多胡石(群馬産、粗粒砂岩)、⑥トラバーチン(イタリア産、石灰岩)、⑦葛生石(栃木産、ドロマイト)、⑧真壁石(茨城産、花崗岩)で、硫酸ナトリウムと硫酸マグネシウムの飽和溶液にそれぞれ浸漬させて、浸漬→乾燥→冷却を数ヵ月繰り返しました。
8種類の石材について、2種類の硫酸塩溶液で乾湿を繰り返して変化を調べた実験のようす。上段は硫酸ナトリウム、中段は硫酸マグネシウム、下段は実験前のもの。各石材の有効間隙率は、OT(大谷石)39.6%、AT(芦野石) 14.8%、KR(抗火石)39.3%、IS(インド砂岩)14.4%、TS(多胡石)28.0%、IT(イタリア産トラバーチン)1.2%、KD(葛生石) 0.7%、MG(真壁石)1.4% (小口氏提供)
その結果、真壁石とトラバーチンは実験前後でほとんど違いは見られませんでしたが、大谷石は両溶液ともに岩石全量が破壊されました。抗火石と葛生石は硫酸ナトリウム溶液で若干風化が確認されており(硫酸マグネシウム溶液による析出量は多かったが、目立った風化はなし)、芦野石と赤色砂岩は硫酸ナトリウム溶液のほうが風化程度が大きく、逆に多胡石は硫酸マグネシウムのほうが風化程度が大きいことが判明し、風化の度合いは石材の物性や塩類の種類によって異なることが明らかになっています。
塩類風化に強い石材とは
一般的に鉱物の結晶構造が緻密な硬岩ほど塩類風化の影響を受けにくく(風化に強い)、大谷石のように小さい間隙が多い軟岩のほうが風化しやすい傾向が見受けられます。またある程度の強度があれば、大きな間隙があっても風化を免れることがあり、間隙率が高いほど風化しやすいとは一概にはいえません。緻密で硬い花崗岩(白御影石)であっても、条件によっては、長石や黒雲母の部分が水を通しやすいがために、いったん風化し始めると劣化が早まり、真砂土になる恐れがあります。
花崗岩の風化速度について
壁からの剥落量をもとに計算された風化速度の最小値が30ミリ/1,000年、また香川県五色台にある石塔で2~5ミリ/700年などのデータが報告されており、ナミブ砂漠の数値を例外とすれば、温帯や亜寒帯での環境下における花崗岩の風化速度は数ミリ/1,000年程度といえます。
しかし、都内の寺院墓地で鏡面研磨を施した外柵(花崗岩)の表面がわずか一~二年の間にザラザラとしたサメ肌状になる風化現象が発生し、その原因を調べたことがありました。
冒頭で述べたとおり、自然界での岩石の風化は化学的要因と物理的要因が複合して起こることが多いため、その原因をピンポイントで指摘することは困難です。ただ、その墓地では、関東ローム(シルトや粘土の含有割合が25~40%程度の粘性質の土壌)からなる地盤のため、沈下対策としてセメント系固化材を混入した地盤改良が行なわれており、外柵と石塔の間に詰める土にも同様の地盤改良土が使われていました。
これらのことを考えると、花崗岩中に含まれるシリカ純度の高い石英が、セメントに由来する強いアルカリ成分により溶解したか、あるいは何らかの塩が結晶化し、その結晶圧で黒雲母などの脆弱な鉱物が剥がれた可能性が高いと判断されました(筑波大学陸域環境研究センター報告、松倉公憲・高屋康彦・小口千明「光明寺墓石外柵に使用された花崗岩の風化について」参照)。
お墓の除草剤として「岩塩」の取り扱いには注意が必要
お墓の除草剤として「岩塩」があるようですが、その取り扱いに関しては注意が必要です。化学薬品の除草剤よりは環境にやさしいと思いますが、岩塩の主成分である塩化ナトリウムは、金属を錆びさせる性質があります。その商品の販売業者も「墓石に直接触れたり、鉄製工作物の周辺で使用しないように」と注意を呼びかけていますが、塩化ナトリウムが雨水等で溶解し、その影響が周辺に広がる可能性もあるからです。
また塩化ナトリウムの平衡相対湿度(平衡状態にある相対湿度。相対湿度は、気温ごとに異なる飽和水蒸気量=空気中に含まれる水蒸気量の限界=に対して実際に含まれる水蒸気の割合)は75%程度であり、湿度が75%を下回ると結晶塩として析出しやすくなります。
石材の塩類風化を防ぐには
塩類風化による石材の風化を防止する方法としては、以下の3点が考えられます。
①水を遮断する
石材や石造物のうえに屋根を設置したり、基礎部分に不透水性の材料を使用するなど、水との接触を避けてください。中世の欧州では、建物に沿って数十センチ離して地面に浅い側溝を掘ることで、地中から壁材の石への水分の吸い上げ(毛細管現象)を少しでも回避しようと工夫されていました。
②水分の蒸発を防ぐ
石材表面に浸透性の保護剤(撥水剤)などを塗布し、水分が入りこんで内部で蒸発しないようにします。
③石材を適材適所に使用する
環境・用途などに合わせて、風化に強い石材を使用したり、強度硬化剤を使用します。
小口千明(おぐち・ちあき)
1997年、博士(理学)取得(筑波大学)。98年、同大学地球科学系助手。2000年、JST/JSPS科学技術特別研究員(国際農林水産業研究センター)。04年、埼玉大学地圏科学研究センター准教授。15年、同大学大学院理工学研究科(配置転換)准教授。専門分野は岩石風化学、岩石物性評価で、現在「地圏材料の風化」「岩石土壌材料における塩害」「塩類風化における岩石物性の影響」などについて研究している。日本地球惑星科学連合(副会長)、日本地形学連合(企画主幹)、日本地理学会、地盤工学会、資源・素材学会、日本火山学会、日本洞窟学会などに所属する
◎埼玉大学大学院理工学研究科
埼玉県さいたま市桜区下大久保255
出典:『月刊石材』2021年2月号
聞き手:『月刊石材』編集部 関根成久
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