特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

人は死んだらどこへ行けばいいのか―東北大学大学院文学研究科 教授 佐藤弘夫

2021.11.29

現代人は死んだらどこへ行けばいいのか?

――縄文時代から現代までを考えるなかで、何か共通することはありますか?

佐藤 いろいろとあると思いますが、人は一人では生きていけないということだと思います。仲間が必要ですし、同時にこの世界は人間だけでも生きていけません。当然のことですが、ウイルスや菌がなければ人間は生きていけません。

 それは草木もそうですし、石なども同じだと思います。いろいろな存在があって世界を成り立たせているのだから、その存在に敬意を表さなければならない。死者も含めて、それがいつの時代であっても、この世界で生きていく一貫した意味だと思います。

――ただ現在、死者に関していえば、直葬なども増えており、葬送に対して希薄化しているように思います。

佐藤 私は問題だと思っています。

 近代は人間が特権的な存在になっています。昔はありとあらゆるモノが一緒になって世界をつくっているという感覚だったはずですが、それがなくなって、「人間は何をしてもいい」となっている。おそらく、地球を危機に陥れている一番の存在は人類でしょう。それは私自身も含めて、大きな責任があると思います。

 この世界からいろいろなモノが排除され、死者もそうだと思います。だんだんと死者を弔うことが面倒になり、生と死を切断してしまっている。人類は時代とか民族を問わず、必ず生と死をつなぐストーリーがありました。それがあったから、人間は生きて来れたのですが、それがいまなくなってきている。

 だから直葬とか、墓じまいといった現象よりも、その背後にある「私たちの生と死を語るストーリーの不在が大きな問題」と思っています。人間は死者がいなければ、生きていけないと思います。

 死は目に見えないし、実際に死者と対話をすることもできませんので、「人は死んだら終わりで、何もしなくていい」という方は否定しません。ただ、私はそういう人とあまり友だちにはなりたくないですね(笑)。

 ですから、人類の長い歴史のなかで、「人間が人間以外のモノと一緒になって、柔らかく包み込むような世界をつくっていた」という感覚を、本などを通して紹介したいと思っています。それによって、現在の世界の歪みを浮かび上がらせて、死を正面から考える機会をつくるところまで持っていきたいと思っています。

 本の最後のほうに、緩和ケアの仕事に従事している医師の声を載せましたが、「生の世界には幾らでも道しるべはあるが、死の世界に降りていく斜面は、道しるべが一つもない」(奥野修司『看取り先生の遺言』)ということでした。その先生は2,000人の看取りをされており、的確に述べられていましたが、「死の道しるべ」をタブー視するのではなく、死をしっかりと見つめるようにすることが必要でしょう。

 お墓が形骸化しているというのは、お寺さんなど、お墓をつくる方にも責任があると思います。どうしても、江戸時代以来の習慣に寄り掛かってしまっている。ただ、現代であっても、石やお墓が持つ意味はあると私は思います。

 人間は記憶を大切にします。『千の風になって』という歌がありましたが、人は忘れ去られてしまうことに、なかなか耐えられません。「一人でも多くの人に、一日でも長く記憶されたい」という思いに応えるためのモニュメントとして、石やお墓はこれからも大事な役割を果たしていくのではないか、と思っています。

 いま樹木葬がブームですが、カタチの問題ではなく、死者の立場になって考えてみることが必要だと思います。コロナウイルスの立場になって、人間以外のモノの立場になって現在を見ると、どんな風景が見えるのか?

――現代人は死んだらどこへ行けばいいのでしょうか?

佐藤 そうなんだよね(笑)。そのストーリーを共有できないことが、いまの一番大きな問題なのでしょう。多くの現代人が自然に受け入れることができるようなストーリーが必要なのだと思います。

『千の風になって』が、あれだけ受け入れられたということは、死後にどこか遠い世界へ行くのではなく、「この世界とつながりを持って、どこからか見ていたい」という感覚が、やはり強いのだと思います。だから、その感覚を生かせるようなストーリーとモニュメントを考えていけばいいと思いますね。

『月刊住職』2021年7月号で、草木塔を採り上げましたが、墓石が減っても、石でモニュメントをつくるニーズはあると思います。石に対するイメージを生かせるようなモノをつくっていけば、いろいろなことができるような気がします。

――本日はお忙しいところ、誠にありがとうございました。

 

出典:『月刊石材』2021年7月号
聞き手:石文社・中江庸

 



佐藤弘夫(さとう・ひろお)
1953(昭和28)年、宮城県生まれ。東北大学大学院文学研究科博士前期課程修了。博士(文学)。盛岡大学助教授などを経て、現在、東北大学大学院文学研究科教授。専門は日本思想史。 著書に『アマテラスの変貌』(法蔵館)、『霊場の思想』(吉川弘文館)、『死者のゆくえ』(岩田書院)、『日本中世の国家と仏教』(吉川弘文館)、『ヒトガミ信仰の系譜』(岩田書院)、『死者の花嫁』(幻戯書房)、『日本人と神』(講談社現代新書)など。