特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

礼拝には、揺らぐことのない石が必要―建築家・押尾章治

2020.11.13

言語化と空間体験のデザイン

極めて大雑把にいえば、「建築」とはある種の構築の技術のことだと思います。IT用語でもいう英語の「architecture(アーキテクチャ)」などは、さらにその技術に管理されたインフラ(ベースとなる環境)なども含みます。よくいう「建物を建てる」だけの意味ではない。複数の要素や情報を論理的に構築していくうえでの土台のようなものです。新たな価値を生み出すときにも有効な方法だと思います。

そして、新たな価値を生み出す作業には「言語化」による整理が必要です。特に祈りや供養、信仰といった物理的に目にすることのできない、観念的な世界との関連を具体化するうえでは、とても有効だと思うのです。礼拝空間に関するあらゆる要素(敷地や地域の歴史、環境、人々の思いや生活、習慣、宗教的な所作や作法など)はすべて言語化します。同時に言語化できないことは何なのかも整理します。言語化しにくいものこそ、大切な価値につながるとも思います。

それらすべてを合わせて空間構成に置き換えるのです。そうして生まれた空間は人に伝えやすくなり、感覚を押し拡げる空間体験のデザインへとつながっていけるのです。

『8の字のパサージュ』
祈りの体験を再構成した作品としては、『8の字のパサージュ』(東京都台東区・成就院、2014年)がわかりやすいと思います。上野のお寺につくった「称観堂」という納骨堂です。

通常、納骨堂では、故人の遺骨と仏様のお像を一緒にお祀りするものですが、ここでは仏様の入った観音堂と遺骨の収められた納骨堂を、あえて分けて建てました。観音堂は石張りで、納骨堂は砂仕上げで。そして2棟の間を8の字の通路でつないで、“仏様→お骨→仏様→お骨”とぐるぐるお参りしてもらうことで、故人と仏が一つになると考えたわけです。

そしてご住職は、東日本大震災の被災地支援活動に尽力されている方であり、話し合いを重ねるなかで、8の字の石畳を33枚の石に割り付け、ご住職自ら行脚(あんぎゃ)して集めた気仙三十三霊場のお砂を納めることを思い付きました。お砂踏みです。石畳の表面には、檀家さんや地元の中学生たちが思いを込めた書字を刻みました。また観音堂のご本尊も、支援活動のご縁から、陸前高田のなぎ倒された松から地元の仏師により刻まれたものが据わりました。

こうして永代供養墓という特定個人のお墓でありながら、東北からも参拝者が訪れるお墓となったのです。8の字という礼拝体験を通して、故人のいる観念世界にお祈りしながらも、震災の被災地供養にも通じたのです。そして、新たに、地域を超えた交流も生み出しました。言語化による整理と再構築がさまざまな人のつながりをつくり出したのです。

建築家・押尾章治
建築家・押尾章治
建築家・押尾章治「8の字のパサージュ」東京都台東区、2014年
2つの円柱形のお堂は、砂で仕上げた納骨堂と石で仕上げた観音堂。それぞれを互い違いに向かい合わせ、間を8の字の石畳でつなぐ。納骨堂(お骨)と観音堂(観音様)とを交互にめぐることで、故人と仏様が1つになり成仏を願う。石畳は33枚据え、その下には東日本大震災の被災地・気仙三十三霊場のお砂を納め、表面には檀家や地元の中学生が揮ごうした霊場名を刻む。観音像は同じく被災地・陸前高田でなぎ倒された松から彫られたもの
(写真:新美勝)



『舎利羅(シャリラ)』
もう一つ、高松市につくった『舎利羅』という納骨堂を挙げておきます。敷地は高松市の南部にある四国八十八ヶ所霊場の83三番目のお寺で、日中はすげ笠と白装束に身を包んだお遍路さんで賑わう場所です。お堂の名前の「舎利羅」はサンスクリット語の「骨」という意味で、それに合わせて中央が窄(すぼ)まった一本の骨のようなかたちをつくり、そのなかに古(いにしえ)のお遍路道にあった空間性の再構成を試みたのです。

遍路旅では、目的地に到達することよりも、その道中に大切なことがあるといわれるそうです。道中には、「万物に平等で飾りのない自然」の間を「終わりのない自問自答」をかかえて抜けていく空間体験があるのだと。そうした空間体験を、四角い、開口のないトンネルの一本道のような空間でつくりました。

古の遍路道の杉木立を抜ける体験を門型状に連なる杉の積層材に置き換え、点光源(てんこうげん)と行燈(あんどん)のような照明で仏様への道中を示したのです。内部では、本尊へと向かって移動すると、トンネル空間の窄まり方に合わせて刻々と、杉材の高さと幅のプロポーション、光りの傾きが変化していきます。その通り抜ける体験自体を、礼拝対象にしてみたのです。

建築家・押尾章治
建築家・押尾章治
建築家・押尾章治
建築家・押尾章治
「舎利羅(シャリラ)」香川県高松市、2019年
四国八十八ヶ所霊場の83番札所(一宮寺)の納骨堂・礼拝堂としてつくった。「舎利羅」のサンスクリット語での意味「骨」に合わせ中央が窄まった1本の骨のようなかたちで設計し、内部に古の遍路道にあった空間性、すなわち木漏れ日が照らす杉木立のトンネルを抜けて仏様をお参りするという体験を再構成する
(写真:UA/下段2点写真:日本アートグラフィック)