特別企画
お墓や石について、さまざまな声をお届けします。
内包する記憶、時間を守り続ける石の姿が美しく、感動する―彫刻家 岡本敦生
石の持つ記憶・時間を引き出す
――作品づくりで最も大切にしていることは何ですか?
岡本 私の作品は、あまり自分の感覚や喜怒哀楽などを表現するものではありません。たとえば人間をつくるとか、犬をつくるとか、そういうことではないんです。特に近年の美術の傾向としては、フィギュアとか、漫画的なかたちなどが世のなかにうけていて、若い人もそういうものを盛んにつくるようになっています。
でも、私は自分の何かを主張したくてつくっているのではなく、石自体が持っている生命の記憶みたいなものをもう一度よみがえらせてみたい。そのことだけを考えています。ただ単純に自分の心象的な形態をつくり上げるという彫刻作品とは全然違うものです。
それは以前から考えていたことですが、特に30歳の頃に茨城県の「真壁石」の石切り場を見てから、より強く意識するようになりました。人間の想像を超えた時間のなかで生まれてくる石の光景は、あまりに感動的で、衝撃を受けました。その石を相手に、たかだか30年しか生きていない若造が、自分の思いだけで彫ったり壊したりするのは、あまりに無謀すぎると思ったのです。
それよりも、もちろん最初に地球上に生命が誕生したときには石から生まれていませんが、でも何かしらの記憶を石が持っていて、それをよみがえらせたいという思いです。自分のかたちを石に押し込めるのではなく、石自体が持っている記憶とか、時間をどうやって引き出し、表現するか、ということを常に考えてきました。
果たしてそれを「彫刻」といえるかどうかというご意見もあるかも知れませんが、私にとってはそんなことどうでもいい。誰かに「アンタは彫刻家じゃない」といわれても、「おう、大いにけっこうだ」と(笑)。
作品「記憶体積 ark」
(1989年、朝倉文夫美術館蔵)
白みかげ石+内部にフィルムを保存
サイズ:177×60×64(h)㎝
石は「記憶装置」
――とてもやさしくて、最も大切な石の使い方だと思いますね。
岡本 いまから25年くらい前からつくり始めた作品『記憶体積』シリーズは、一つの原石を細かく割って、それらをまた元の原石のかたちに組み合わせてつくります。
そのきっかけは、石の記憶を引き出し、よみがえらせるためにどうすればいいかを考え、「まずは自分にとっての素材をつくってみよう」と思い、石を一つひとつ、自分の手で握ることのできる大きさに、矢を使って割ってみたんですね。石切り場の職人さんにノミのつくり方、矢のつくり方、割り方なども全部教わって、ドリルで割らずにピンコロをつくりました。ドリルで割ると、その痕跡が必ず残って、ちっとも美しくないでしょう。ヨーロッパの石畳を見ても、自然の割り肌でとても美しいですよね。
それで最初に一つの石を700~800個のパーツに割ったんです。それを元の石のかたちに正確に組み直した作品を展覧会で発表したら、会場で誰かがその組んだ石の一部を崩しちゃった。それを戻すのにお客さん(来場者)も協力してくれて、5~6人で丸一日がかり(笑)。一度崩れるとものすごく複雑なパズルです。
そういう作品をつくっているうちに、「石の内部に違う世界を持たせられるな」と思うようになったんです。当時から私はカメラがとても好きで、いまのようにデジタルカメラではないから、フィルムをたくさん使います。それでふと「現像していないナマのフィルムを全部引き出して、真っ暗な石の内部に収納したらどうだろう」と考えたんです。
現像してないフィルムを入れるから、仮に私の死後などに誰かがその作品を開けたら光が入り、もうその瞬間にフィルムの中身は消滅し、誰も見られなくなる。でもフィルムに何が写っているのかは、私だけが記憶している。
つまり、その作品では石が私の記憶を守ってくれているわけで、それは私としての記憶の体積そのものになります。それで『記憶体積』というタイトルをつけて、シリーズとしてかなりつくりましたね。
作品「記憶体積 blue」
(1990年、伊勢現代美術館蔵)
白みかげ石+内部にフィルムを保存
サイズ:140×60×100(h)㎝
中央の作品「遠い山-3 No.1」
(2016年、186×25×27㎝、真壁石)
左の作品「遠い山-3 No.2」
(2016年、182×22×25㎝、真壁石)
右の作品「遠い山-3 No.3」
(2016年、174×27×24㎝、真壁石)
左の作品「水の上を歩く20181.2」
(真壁石、26×12×17㎝)
右の作品「水の上を歩く20181.1」
(真壁石、22×17×10㎝)
作品「遠い記憶 -mbs No.20195.1」
(真壁石、20×22×11㎝)
作品「記憶の体積2007」
(真壁石、21×36×14㎝)
*上の写真4点は展覧会「岡本敦生展・石彫刻」(会期:2019年5月7日~6月27日、東京ガーデンテラス紀尾井町)にて「月刊石材」編集部が撮影したものです