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石切場の歴史を地域遺産として活用する―奈良文化財研究所研究員・高田祐一氏に聞く

2021.03.13

技術の伝承

 いまの若い石工さんは、機械・工具が発達したことによるデメリットもあって、ノミなどの道具で手加工する機会がなく、もはや江戸時代の石工技術はほぼ断絶した状態です。それこそ昔の道具はいまのような既製品がなく、すべて鍛冶仕事などによる手づくりでしたが、そういう技術の継承が難しくなっています。

 そのため400年前のこととなると、当時の痕跡を調べて、そこから技術をリバースし(遡って)、試行錯誤を重ねながら再現するしかありません。2016年熊本地震(最大震度7)で被害に遭った熊本城の修復作業などでも、当時の技術が失われているので、それを調べて、いかに復元するかが課題になっています。

 岡崎市にある岡崎技術工学院では、そうした手加工の技術を学ぶことができますが、終戦後の昭和20年代にも「石工補導所」という名称の学校が小豆島や北木島などに設立されました。しかし、いまは軒並みなくなってしまいました。

 近年では、文化財石垣保存技術協議会(以下、文石協。『月刊石材』2018年12月号の巻頭特集に関連記事あり)が技術研修を実施しています。文石協に所属する石工さんは、昔ながらの手による石割・加工技術、鍛冶などについて技術を向上させており、非常に意義ある取り組みだと思います。

文化財石垣保存技術協議会の会員らによるノミ焼きと石割の研修会のようす(東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター主催・第6回「全国石工サミット in たかはた」の関連企画。2018年10月、山形城跡にて)
 
 もちろん、労働者の高齢化が進むなかで、ビジネスである以上、効率化を図るために機械で切ったり磨くことも必要です。しかし、それに頼りすぎると専門性が失われます。専門性がなくなると、仕事や商品そのものの魅力も減ってしまいます。

 一般的に、誰にでも代替えできる作業は、スケールメリットによって大規模な者が有利です。石工さんは石のプロフェッショナル、専門技術者です。その石工技術を高めることで代替えされない仕事にできます。したがって、専門性を高め、他社や異業種が簡単に真似できないようにするためにも、機械加工のみならず、手加工の技術を習得しておくことも重要ではないか、個人的にはそう思っています。


石の歴史を伝え付加価値に

 歴史の研究者である私が石材業界に貢献できることがあるとすれば、それは歴史を明らかにすることです。最近は中国製品に押されて、国産品が苦戦しているようですが、その決め手となる要因としては、価格や品質などいろいろありますが、国産品もブランド力を上げていけば少しは対抗できると思います。単価だけの競争ではなく、そこに歴史やストーリー性、あるいは地場産でなければならない理由など付加要素があればプラス材料になるのではないか。

 石切場の歴史は、地元では一部の人たちに伝承されているかも知れませんが、それに関してまとめられることは少なく、そこに何かしら価値を求めたり、関心を寄せる機会が少ないこともあって、社会的に明らかにされていません。地場産の石材の歴史が一般の方に認知されれば、「歴史ある国産材を国内加工で、お墓や家の建材に使おう」という動きが出てくるかも知れません。また公共施設に地場産石材を使用することも有効でしょう。

 本書で取り上げた石切場のなかには、すでに地域の産業としては終わっているところもあり、それこそ記録として残しておかないと「誰も知らない」という状況になってしまいます。 その一つが千葉県富津市産「房州石」で、石材産業としては終わっていますが、採石遺構は残っているので、その歴史を記録しておけば地域の産業遺産として活用できるのです。


千葉県富津市にある鋸山の百尺観音。
手掘りの痕跡を残す鋸山は「房州石」の産地としても知られる


 私は兵庫県神戸市の出身ですが、地場産の「御影石」もすでに大規模な採石は終了しています。「御影石」という言葉は花崗岩の代名詞として全国に知れ渡っていますが、それが地元の地名に由来した名称であることは神戸市民すらほとんど知られていない状況です。

 地場産の石材がその地域の景観や街並みを形成しているという側面もありますが、コンクリートが普及した現代は、石との距離が遠すぎて、普段の生活でも身近なものとして感じられなくなっているので、とても残念に思います。本書を出版した意図の一つには、そうした地域の歴史を記録として残しておきたいという思いもありました。

 本書を通じて再確認できたのは、地場産業といえども地域間の競争は激しいということです。その地域で生き残ろうと思えば、採掘規模を拡大したり、機械化を進める必要がありますが、それをさらに上回る地域(石種)が出てくると負けてしまいます。

 そういう栄枯盛衰の状況があるかと思えば、山形県高畠町産「高畠石」は産業化とはほど遠くて、地元の人が農閑期にちょっとやるくらいで他の産地と競合することもなく、平成に入ってからも地産地消で細々と採石できました。それができたのは地域性というか、やはり山形ならではのことで、これが瀬戸内地方だと状況はまた違ってくるかも知れません。石切場を通じて地域文化を感じることができるでしょう。

平成20年代まで採掘されていた山形県高畠町産「高畠石」の採石場跡

2016年10月に開催された「全国石工サミットinたかはた」のようす


新補石材をいかに確保するか

 城郭等の石垣整備に関しては、文化庁と開催都市の主催で「全国城跡等石垣整備調査研究会」という会合が毎年開催されていて、2019年は和歌山県で開催されました。文石協との共催で、前述した小豆島の藤田さんもそのメンバーの一人です。
 その会合のパネルディスカッションで話題になったのが、石垣修復用の新補石材をいかに確保するかでした。災害や経年劣化で崩れた石垣の積み直し作業で、割れた石材は使えないので新補石材に入れ替えますが、同じ石の丁場が10年くらい前までは稼働していたはずなのに、現在は閉山等で調達できないということでした。ここ数年、そういう状況が急速に悪化しているそうです。

 
1000年単位で残る魅力的な仕事

 また、これは個人的な意見ですが、石屋さんが業界で生き残るには、石造文化財の分野に目を向けることも必要ではないか。

 たとえばお城の石垣は、その多くが江戸時代初期につくられたもので、およそ400年を迎え、地震等で積み直す必要性が高まっています。今後、そうした文化財行政に対する予算は増えるものと思われます。同様に各地に存在する狛犬等の石造文化財も修復やメンテナンスが必要になってきます。

  しかし、文化財というものは唯一無二のもので、その専門技術のない人に修復等を依頼することはできません。行政が修復の必要性があると判断すれば予算化しますが、その必要性が認められなかったり、そもそも修復できる人がいないというケースもあるでしょう。

 そうならないように、やはり石工さんが文化財に関する必要な知識や技術などをしっかり身に着けて、高単価で仕事を引き受けるのがベストではないか。理想的なのは、地元の石工さんが日頃のメンテナンスから関わり、何かあれば修復するという状況をつくることです。自分のつくったものが千年単位で残るというのは、とても魅力的なことですし、そういう仕事に対して誇りが持てる環境が整えば、おそらく若い人たちのなかでも「石屋さんってカッコいい」と思う人が増えてくると思います。

 本書の巻末には、「文化財指定の石切塲関連物件・近代化遺産における石切場」について行政が取り組む全国の事例を一覧リストにして掲載しています。2010年以降にそうした登録件数が増えていますので、社会的に必要な取り組みであることは徐々に認知されつつあるようです。

 なかでも栃木県産「大谷石」を中心とした産地の取り組みは、日本ではかなり成功しているほうで、建築だけでなく地元の農業や商業、観光分野などにも広がっているので経済効果も大きいということです。

大谷石の採石場(有限会社北戸室石下石材店、2016年撮影)。
坑内の天井高は最大30メートルある


 小豆島での石切場の研究は、これまでの調査結果の一部を『大坂城石垣石丁場跡小豆島石丁場跡の海中残石分布調査』(奈良文化財研究所)としてまとめてあります。史跡の範囲は特定されていますが、海中にある残石がどんな大きさで、どのように分布しているのか、その詳細について誰も調べたことがありませんでした。今後も研究を続けていきますが、考古学的に残石の痕跡などを調べて、体系的にまとめるつもりです。

 また個人的な研究で終わらせず、できれば町興しなど社会的に役立つことにつなげたい。それも単なる一過性のイベントではなく、地域の人々が誇りを持てるような取り組みにしたいと考えています。

奈良文化財研究所『大坂城石垣石丁場跡小豆島石丁場跡の海中残石分布調査』(上)と、同書掲載の八人石丁場の石材実測図の一部

 

◎奈良文化財研究所・本庁舎
奈良県奈良市二条町2‐9‐1
https://www.nabunken.go.jp
https://researchmap.jp/ytakata


高田祐一(たかた・ゆういち)
 1983年兵庫県神戸市生まれ。2007年、関西学院大学大学院文学研究科修了(歴史学)。2007年より民間企業及び大学等で研究員や学芸員などを歴任。13年、奈良文化財研究所研究支援推進部の特別研究員となり、現在、同研究所の企画調整部研究員として勤務する。日本遺跡学会、神戸史学会に在籍。データベースなどの情報技術をいかに考古学や文献史学に適用すれば情報基盤として有用になるか方法論的研究に取り組む一方、前近代の石材生産と運搬にも関心を寄せている。
 主な著作に『石材加工からみた和田岬砲台の築造』(神戸市教育委員会)、『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』『産業発展と石切場』(ともに編者、奈良文化財研究所)などがある。

出典:『月刊石材』2019年11月号掲載
聞き手:『月刊石材』編集部 関根成久