特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

石の核心に向き合うとき、私の心が彫刻される―彫刻家 絹谷幸太

2021.06.16


アートとサイエンス。

作品の主体は、自分ではなく石。

でも、そうはいっても、実際に石にはなかなか近づけません。たとえば、石のなかの小さな青い斑点がもとは何だったのかなど、そういうことは明確にはわからないところです。

そうしたときに、地質学者の足立守先生(名古屋大学特任教授)との出会いも、私にはとても重要な意味を持っています。日本だけではなく、外国の石も、できるだけそれぞれの石の組成や歴史などの情報・知識を足立先生に教えていただいています。先生は長年、岩石を研究されていて、私がわからない科学的なことを教えてくださいます。逆に、私は彫刻家として石に触れたときの感覚的なことをお伝えして、お互いにディスカッションして、その結果が私の作品にも反映されているのです。

『ブラジル日本移民百周年記念モニュメント』(2008、ブラジル・サンパウロ市カルモ公園)は6つの白い稲田石を周囲に配し、その中心にブラジル・セアラ州で採れる赤色花崗岩「レッド・ドラゴン」を据えた、日本の国旗をイメージした作品ですが、その赤色花崗岩には黒い筋が龍の姿のように入っています。その黒い筋はクロライト(緑泥石)で、無数に入ったヒビに地下の熱水が浸入して結晶化したものです。

絹谷幸太作品『ブラジル日本移民百周年モニュメント』2008年
6つの稲田石(茨城県産)の中心に赤色花崗岩レッド・ドラゴン(ブラジル・セアラ州産)を据える。ブラジル・サンパウロ州のカルモ公園に設置し、子どもたちの遊具でもある

石自体は約5億年前にできたものですが、このクロライトは約2億年前の中生代ジュラ紀に形成されています。地球の歴史を遡(さかのぼ)ると、ちょうど大陸が移動して分断してできた形跡に当たるわけです。ですからこの黒い筋は“断層の化石”というわけで、一度離れ離れになったものをつなぎ合わせているのです。

そういう科学的な知識、情報を足立先生から教えていただきながら、この「レッド・ドラゴン」でブラジル日本移民のモニュメントや作品『マグマの合掌』(2015、名古屋大学博物館)などをつくりました。前者は、日本から移り住んで苦労された移民の皆様とブラジルの方々の心をつなぐ象徴として、また後者は現在、中国(大陸)や朝鮮半島との問題が一向に解決しないなか、「(太古の大陸移動でも)大きく分裂したものを自然の力が修復する。その美しい姿から、人類も学ぼうではないか」というメッセージを込めた作品です。

アートとサイエンスということです。足立先生の科学的知見と私の感覚とがミックスし、新しい彫刻作品として生まれ変わる。そうすることで、石(作品)にさらに価値や魅力が加わり、人々に共感していただけるのではないか、というのが私の作品づくりの姿勢です。

絹谷幸太作品『マグマの合掌』2014年、H358×W400×D160㎝
赤色花崗岩レッド・ドラゴンと稲田石(名古屋大学博物館)

絹谷幸太作品『Brasil 2004-No.2』

H42xW45xD42㎝、ブラジル産青色花崗岩

作品というものは、やはり時代の声や音になるものですから、全世界の皆様が共感するような作品を、私はつくりたいと思っています。できるなら私自身を透明化して、作品そのものが現代、そして未来の人々の声やムーブメントにつながればいい。

ですから、私の彫刻では石が主体です。そして、私が彫刻されているのです。石の核心に向き合うとき、私の心が彫刻される。そうなればなるほど、すばらしいと思っています。


どうすればその石が生きるか、
石の声に耳を傾ける

石切り場でよく感じることは、いい石とは何だろうということです。少しでもキズやヒビ、あるいは黒玉などが入っていると、すぐに「使えない」といいますね。キズなどは、そこから水を吸って経年劣化を早める要因にもなるので仕方のないことかも知れませんが、石を主体とすると、考え方も変わってくると思います。

“自然”とは本来、まったく“不均質”なものなのです。そして、それこそが本当の“価値”だと、私は思っています。

私たち人間でも心や身体にキズを負っている方、いろいろな思いや悩みを持っている方がたくさんいらっしゃいます。逆に“いい人”ばかりを集めても、まあ、霞が関とはいいませんが、平気で悪いことをしてるじゃないですか(笑)。やはりいろいろな存在が互いに補い、バランスや調和を取りながら成り立っているのが、美しい自然のあり方だと思うのです。

私も作品をつくるときに、石に大きなヒビが入っていたことがあります。取り替えるべきかを非常に悩みましたが、その石を大切に採ってくださった職人さんのことも考えて、時間をかけてそのキズ口から接着剤を流し込んで、ステンレスで固定して使いました。

大きなキズを持った石は必ずあります。でもそれを「使えない」と石切り場の谷底に投げ捨てるようなことをせず、作品として生かし、子どもたちがよじ登ったり、笑顔になって遊んでくれたら、それがその石にとってどんなに幸せなことなのか。それをいつも考えています。

そういう考えを持つのも、私の心がその石に彫刻されているからです。ひとつひとつの石に向き合い、どうすればその石が生きるか、石の声に耳を傾け、悩み、考えて、いろいろな思いのなかで造形化することを考えています。

特にいま全世界でコロナや環境問題など、まさに地球的な危機に直面しているなかで各国がひとつになって力を合わせなければいけない状況にあり、それに対するメッセージとして、いま私は日本を含め、世界中の石を組み合わせて作品をつくっています。足立先生に教えていただいたそれぞれの石の成り立ちや存在意義、または美しさや力を一つに集めた作品をつくり、その作品がきっかけとなって、何か新しい思想や哲学に目を向ける気運が生まれればいいかなと思っています。

作品『友情の懸け橋』では、世界六大州の石(ブラジル産青花崗岩、ドイツ産石灰岩、南アフリカ産片麻岩、オーストラリア産花崗岩、インド産砂岩、アメリカ産花崗岩)を使って世界平和を願う人々の心を1本の大きな懸け橋として表現しています。そして、その懸け橋が壊れることのないようにつなぐ鎹(かすがい)として、5つの日本の石(宮城県産「稲井石」、茨城県産「稲田石」、岐阜県産のチャート、岡山県産「万成石」、愛媛県産の三波川結晶片岩)を使っています。その鎹の石には、世界平和に対する日本の貢献を期待する、私自身の強い思いを込めています。

絹谷幸太作品『友情の懸け橋』2019年
世界六大州の石を5種類の日本の石の鎹がつなぐ。世界平和に対する日本の貢献を期待する思いを込める

絹谷幸太作品『友情の懸け橋』の鎹