特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

石の核心に向き合うとき、私の心が彫刻される―彫刻家 絹谷幸太

2021.06.16


石は教科書。

作品には触れてほしい

私は常々、作品には触れてほしいと思っています。特に子どもたちにはよじ登ったり、抱きついたりして遊んでほしいですね。

幼少期に私はイタリアのローマやヴェネツィアに住んでいました。父の絵の勉強のためですが、その当時、広場の噴水彫刻によじ登って遊ぶのが私の日課で、白い大理石に登っている自分の姿が水面に映り込むと、まるで雲に乗って飛んでいる孫悟空になったようでした。

それから大学時代に東洋の古い哲学「雲根過影(うんこんかえい)」を学んだときに、それは大地の石と雲とがつながり合うことを説いた思想なのですが、無心になって大理石の彫刻で遊んでいたときの感覚を思い出しました。つまり何千年も前に人類が残した知恵、思想が、すでに幼少期の遊びを通して私の心に刻み込まれていたんです。

その無心で石と遊んだ感触と実体験がベースになり、私の彫刻家としてのテーマである「創知(そうち)彫刻」という概念が生まれました。それは私の作品(石)に触れて遊んだり、叩いて音を奏でたり、においをかいだりと、五感のすべてを使って対話していただく彫刻のあり方です。(彫刻家  絹谷幸太「創知彫刻 石と遊び、石に学ぶ。」

子どもたちは無心になって野山を駆けまわり、何かによじ登り、新しい遊びを発見しながら五感を通じて大切な物事を感じ、学んでいきます。一方的に石のこと、地球のことなどの難しい話をしても、興味がなければすぐに忘れてしまいます。押し付けの教育ではなく、遊びのなかで石に興味を持ってもらえれば、さらにより深いところへと入っていきます。

石に興味を持つと、国語、算数、理科、社会だけではなく、石の結晶を見ながら宇宙の話までできるようになるのです。そういうことは、足立先生とのディスカッションでもよく話題になることです。

だから、石は教科書なんですね。そしてそれは大人にとっても同じです。作品には子どもはもちろん、大人にも触れていただき、私が石から感じたり、学んだことを感じ取っていただきたいと思っています。

絹谷幸太作品『スライダーⅠ』『スライダーⅡ』2014年
ひとかたまりの稲田石(茨城県産)を2つに割ってつくった作品。絹谷氏は、作品に触れて遊んだり、叩いて音を奏でるなど、五感のすべてを使って石と対話できる「創知彫刻」を作品づくりの重要なテーマとする。そのため「子どもにも大人にも、作品には触れてほしい。そして、私が石との対話から学んだものを感じ取ってほしい」と話す


最期の思いを石に託す際、
日本人なら「日本の石がいい」

私は海外のいろいろな国へ行っていますが、必ず古い墓地へ出かけます。新しい墓地では輸入材が多いですが、昔の墓地に行くと、その近隣でどのような石が採れるかがよくわかるからです。またアルゼンチンの墓地などは、もうお墓が美しい芸術作品ですね。海外では、著名な彫刻家もよくお墓の仕事をしていました。

お墓というものは、その方の人生そのものを表すものです。私も祖母のお墓をつくりましたが、故人がこの地球上に誕生した証を未来永劫に伝えるものですから、それはとても大切にその方の思いや生きた姿勢を表現しなくてはいけません。そしてコツコツと時間をかけてその一生に敬意を表してつくり、なおかつ雨の日も、風の日も耐え忍ぶことが前提ですから、お墓には石が最も適した素材だと思います。

いまは中国でもいろいろなお墓がつくられているそうですが、それだけでは、日本の石屋さんは厳しくなるばかりではないでしょうか。私には石切り場とのご縁がありますから、以前から本当に大変な時代だなと思いながら見続けています。国内の石材業が活性化するようなお手伝いができればいいなと思っています。

人類は長い歴史のなかで、ずっと石に思いや願いを託してきました。きっと誰しもが、もし選べるのなら、人生の最期にどの石のなかで眠りたいかを考えるはずです。人間の生命は儚いものですから、その最期の思いを石に託す際に、日本人であれば、前でもお話ししましたが、やはり「日本の石がいい」と思うのが本心ではないでしょうか。

絹谷幸太作庭(東京都世田谷区、個人邸)2009年


石は、神のような存在。

私にとって石とは、いわば神のような存在です。キリスト教でいうところの神というわけではなく、だからといって仏教的でもありませんが、私にとって石は本当に神のようです。石は、すべての生命が生まれ、また帰っていく母なる宇宙そのものだからでしょうか。

ですから、もっと石に近づきたいと思うのです。そして、究極は石になりたい(笑)。冗談のようですが本気です。

そして彫刻の制作は、神を彫らせていただくわけですから、その核心に真摯に向き合わなくてはなりません。慣れや野心を捨て、自分の心が彫刻されるように石との対話を重ねる。雨の日も風の日も関係なく、石に失礼のないように向き合わないといけません。

限られた人生ですから、これからもまだまだ石に関わっていきたいと思っています。石っていただくこともあり、どうしても増えていくんですよね(笑)。だから、彫りたい石がまだまだあります。

そうした石とのひとつひとつの出会い、対話を楽しみながらつくり続けたいと思います。




写真提供:絹谷幸太
出典:「月刊石材」2021年3月号
聞き手:「月刊石材」編集部 安田 寛



絹谷幸太

絹谷幸太 Kota Kinutani
1973 東京都生まれ
1992 学術研究・学術調査 アルタ遺跡(ノルウェー)
1995 ユニオン造形文化財団助成 チリ・イースター島巨大石彫文明の調査研究/第22回岩手国際石彫シンポジウム招待/JR東日本 上野駅「故郷の星」制作設置(東京都)
1996 日本大学芸術学部美術学科彫刻コース卒業(芸術学部長賞受賞)/ポルトガル石彫シンポジウム シンペトラ’96招待
1998 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了/(公財)ポーラ美術振興財団在外研修員1年派遣(ドイツ)
2002 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程彫刻専攻修了(同大学美術館作品買い上げ)/(公財)野村財団 新人美術家顕彰制度 野村賞受賞
2003 文化庁新進芸術家海外留学制度1年派遣(ブラジル)
2004 サンパウロ大学大学院(USP-ECA)post-doc修了/日本中国文化交流協会使節団にて訪中
2005 清春白樺美術館奨学生
2008 ブラジル日本移民百周年記念モニュメント制作設置(サンパウロ市カルモ公園)
2011 成都現代美術館作品買い上げ(中国)/フランス古美術調査研究旅行
2013 海外学術調査 オーストラリア・シドニー大学、マッコーリ大学/東京理科大学葛飾キャンパス モニュメント制作設置(東京都)
2014 海外学術交流 英国・オックスフォード大学、ケンブリッジ大学/学術調査 白亜の壁(Chalk hills)、ストーンヘンジ、ナショナル・ギャラリー等視察
2015 トヨタ鞍ヶ池記念館作品買い上げ(トヨタ自動車株式会社)/名古屋大学博物館作品買い上げ(名古屋大学)
2016 三紀商行株式会社本社作品買い上げ(ミキハウス)
2017 ベトナムAPEC記念公園モニュメント制作設置(ダナン市)
2018 南方熊楠記念館作品買い上げ(和歌山県)
2019 北野美術館 戸隠館モニュメント制作設置(長野県)/「真鶴・石の彫刻祭」招待(神奈川県)
その他、個展・グループ展多数

◇絹谷幸太公式ウェブサイト
https://kotakinutani.com