特別企画

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小田垣商店本店改修工事の石の景色―建築家 榊田倫之

2021.06.18


新素材研究所・小田垣商店本店ニューアルした小田垣商店本店の床(京町家石)と棗形手水鉢

●インタビュー/「月刊石材」2021年5月号
特別解説! 丹波黒豆の老舗
小田垣商店本店改修工事の石の景色
建築家  榊田倫之 氏
(設計=新素材研究所/杉本博司+榊田倫之)


享保19年(1734)創業の丹波黒豆卸の老舗・小田垣商店は2021年4月、本店が大規模改修工事を経てリニューアルオープンした。江戸時代後期から大正時代初期までの10棟の建物(国の登録有形文化財)の改修工事を4期にわけて実施中で、その設計を現代美術作家・杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏が主宰する新素材研究所が手がけている。今回は第1期工事として5棟を改修。ショップやカフェ「小田垣豆堂」などを新設し、また敷地中央の庭を「石庭・豆道」として再構成した。本誌(「月刊石材」)ではその仕事を〈建築〉と〈石庭〉の2回(2021年5月号および6月号)にわけて紹介する。第1回目の〈建築〉については、その設計の中心人物である榊田倫之氏に設計のコンセプトや石の使い方などの話を聞いた。なお、次回紹介する「石庭・豆道」は杉本博司氏による作庭である。


「時代を還(かえ)る建築」

丹波篠山市は江戸時代に築かれた篠山城の城下町として栄えた町で、いまもその町並みは河原町妻入商家群(かわらまちつまいりしょうかぐん/国の重要伝統的建造物群保存地区)として残されていて、小田垣商店本店はその近接地にあります。小田垣商店の建物群は工場などを入れると10棟以上になりますが、歴史的な建物として2007年に国の登録有形文化財に指定されたのが、いま全体を4期にわけて改修工事を進めている10棟で、今回はその第1期工事としてそのうちの5棟の改修を行ない、あわせて庭も再構成しました。

この大小それぞれある10棟の建物群は、一番古いもので江戸時代後期、最も新しいもので大正時代初期に建てられていて、すでに老朽化が進み、また耐震補強の必要もあるために改修工事のプロジェクトが立ち上がりました。そして、その設計を新素材研究所(以下=新素研)が担当させていただいているという流れです。約3年前にお話をいただき、2024年を目標に4期までの改修工事を完了する予定です。

設計コンセプトは「時代を還る建築」です。建物が最も優美であったであろう竣工当時の姿に、耐震補強を施しながら、いかに戻していくかということを重要なテーマとしています。たとえば第4期で改修予定の建物(離れ座敷、大正初期)は洋館風の趣(おもむ)きがあり、そこからは建築主の西洋に対する憧(あこが)れ、先進的でゆたかな感性が感じられます。建物ができた大正初期、きっとそこがこの建築のピークであるはずで、そういった感性や空気感、時代背景などもあわせて、それぞれの建物を本来の姿に戻していくことを考えました。

また、小田垣商店がこの建物群を入手したのは昭和に入ってからで、以降は事業を運営するために使い勝手を尊重し、ある種の合理性を追求した増改築も繰り返されていました。

そのため今回、「時代を還る建築」を具現化するために取り組んだのは、新たなデザインを付け加えるというより、現状から「取り除く」、あるいは「整える」「保つ」という作業でした。だからいま、第1期工事を終えた建物を見て、「どこを設計デザインしたの?」と思われるかも知れませんが、それこそが私たちが目指したものです。周囲の景観との調和も含め、建物が本来の魅力を取り戻しているのです。


新素材研究所・小田垣商店本店ショップ内の様子。京都の町家石(床)と棗形手水鉢の景色


新素材研究所・小田垣商店本店旧店舗の建物に新たに開店したカフェ「小田垣豆堂」店内。畳敷を無垢板張りの床にして新素研オリジナルの家具を置く。奥(床の間)に見える「豆堂」の表装(掛軸)は杉本博司氏の揮ごう。石庭を望める


外観にしても、前述のようにすぐ近隣に河原町妻入商家群があるので、「地域の様式、伝統的景観に沿うべし」と考えて設計しています。たとえば戸の縦桟(たてざん)なども事前に商家群のものを調査(採寸やスケッチ等)して、色合いも含め、その地域にふさわしいあり方を追求してつくり直しています。

そのように内外装とも改修した部分を挙げれば切りがなく、床から壁、天井、または排水計画にいたるまで、まさに「やれることはすべてやった」といえますが、特に本誌『月刊石材』としての見どころは「石」になりますので、以下は石の説明に入りましょう。