特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

石からの刺激を楽しんでいる―現代美術作家 杉本博司

2020.11.11


「夏至光遥拝100メートルギャラリー」の大谷石の壁
(小田原文化財団 江之浦測候所)


●インタビュー/「月刊石材」2019年12月号掲載

石からの刺激を楽しんでいる
現代美術作家 杉本博司
(新素材研究所 / 杉本博司+榊田倫之)


写真から建築・空間へと拡がる創造

――今年(2019年)は毎号(「月刊石材」)の表紙写真などにご協力いただき、誠にありがとうございました。特に若手の読者から「すごくいいね」「『カーサ・ブルータス』(雑誌)みたい!」とよくいわれています。
杉本博司(以下=杉本) 急にスッキリして、読者の皆さんも「どうしたの?」と感じているのかな(笑)。それに表紙の『石材』の字も中国の南北朝時代の鉄山、崗山(摩崖石刻)の拓本を手本とさせてもらいました。

――今回は今年の表紙企画の締めくくりでインタビューさせていただきます。まず、そもそも先生がなぜ、写真の世界から建築や造園などの空間のデザイン設計へと、表現・創造のフィールドを拡げたのかを教えてください。
杉本 別段、そういう仕事を「やろう」と思っているわけではなく、いつの間にか注文が来るようになったんですね。それをこなしているうちに、気がつくと段々とプロになっちゃったというかな(笑)。

建築をはじめ、空間を設計するとき、私は特に石から入って考えていますが、石への興味は古美術商をやっていた経験から生まれたものでしょうね。

古美術というのは、経験を積むうちに関心が壺へ行き、そして「最後には石に行き着く」とよくいわれます。男と女の関係ではないですが、若いうちは華やかなものを求めますが、歳を重ねるごとに女性を撫(な)でるより、なぜか壺を愛でて撫でるようになる(笑)。そして、それも落ち着くと、石を愛で始めるというわけです。

――石は、花鳥風月をひと通り嗜(たしな)んだあとに入り込む人が多いと聞いたことがあります。
杉本 石がわかるようになるまでには、相当に目を鍛えないといけないですからね。五輪塔を見ても、「これは鎌倉時代のものだな」と。そういうことがパッとわからないとね。

この五輪塔(江之浦測候所にある普段は非公開の五輪塔、鎌倉時代)は九州・国東半島(大分県)のもので、軟石系の石でつくられています。ここに置いて1年くらいになりますが、いまは地輪の下の基壇が地苔(じごけ)に覆われていて、これもなかなかのもの。この場所は、江之浦測候所のなかで一番、苔の生育にとって環境がいいところなんです。北に向かって空が開けていて、散水装置も付いていますしね。

江之浦測候所「五輪塔」鎌倉時代、非公開

江之浦測候所「京都五条大橋礎石」桃山時代



――苔を含め、植物の生長も考えながら石を置いたり、空間の構成を考えるのですね。
杉本 そうです。でも近頃は夏の陽射しでかなり苔が焼けますね。これは仕方のないことですが、京都の苔寺でも茶色くなってしまっていますよ。だから苔はある程度、傷んだところは植え替えていくしかないでしょうね。高級料亭なども植え替えていますね。

――建築の仕事でもどんどん輪が広がるといいますか、仕事がつながっています。「気づくとプロに」とおっしゃいますが、そんなに簡単なことではないと思います。
杉本 もともとは自分のスタジオや自宅を設計施工していたんです。それとやはり、特にこの20年くらいは、美術館で大規模な個展を開くことが増えたのもきっかけになっているかも知れません。ジャン・ヌーヴェル(フランスの建築家、1945年―)やフランク・ゲーリー(カナダ出身の建築家、1929年―)などの有名建築家が設計した美術館での展覧会ですね。

そういう大きな展覧会のときに、私は展示会場の図面をいただいて、それを読み解いて、そこに展示構成の平面図、断面図などを全部自分で描き込んでいくのです。最初は見よう見真似でしたが、建築家が描いた本物の図面を全部くまなく見るわけだから、「なるほどこういうことか」と、何となく描けるようになっちゃったんですよ(笑)。

それで、護王神社(2002年竣工)が初めて本格的な建築を頼まれたものですね。このときは友人の建築家と一緒に仕事をしました。

それが終わると、今度は東京・日本橋の瀬津雅陶堂の内装を頼まれて、ここは古美術商としては日本一。国宝や重文などの指定品を多数所有し、また益田鈍翁(益田孝、実業家、1848―1938年)のコレクションを一括して引き受けた経緯もあります。その床は森美術館(東京・六本木)での大回顧展「杉本博司~時間の終わり」(2005年)でつくった吉野檜の一等材による能舞台を再利用したものです。

他にも、ロンドンギャラリー(ロンドンギャラリーは白金と六本木に店があり、どちらも杉本氏が内装を担当。白金は2009年、六本木は2011年に竣工)などの画廊の内装も頼まれるようになり、自信を持ってできるようになりました。

護王神社
香川県直島・ベネッセサイト直島、2005年

大回顧展「杉本博司~時間の終わり」での吉野檜による能舞台
森美術館、2005年