特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

石からの刺激を楽しんでいる―現代美術作家 杉本博司

2020.11.11

伝統的技法をいまの世に合わせて

――先生の設計の一番のベースといいますか、共通するテーマなどはありますか?
杉本 うん。「なるべく早く、なるべく安く」というのが、いまのほとんどのリクエストなんですけど、私はなるべく「昔やっていたあのテクニック、あの技術で」というスタンスを大切にしています。

たとえば「この壁は全部、漆喰で塗ろう」と考えるわけですが、そうはいってもただのボードにペンキを塗るなら、半分以下の値段でできるわけです。それで素人が見ても、そんなにね、よーく見ないと違いがわからない。

でもあえて、昔は普通につくっていた日本の数寄屋造りなどの建築を、できるだけそのままの手法で、なおかつ現代の生活様式に合わせながらつくることを考えています。そうすると建売住宅などの予算の2倍、3倍の料金がかかってしまうものですが、「それでもいい」という人から頼まれているのが現状ですね。

いまは逆にそういう仕事ができる工務店も少なくなって、水澤工務店(本社=東京都江東区)などと仕事をすることになります。

――やはり日本独自の“和”に着目されているのですね。
杉本 和風なんだけど、現代人の生活様式にもぴったりくるように。吉田五十八(よしだいそや、建築家、数寄屋建築を独自に近代化。1894―1974年)が戦後の日本でつくっていたようなものをもう一度、現代の生活レベル、たとえば空調のシステムもすべて変わっていますから、そういうものに合わせてつくるということです。

近代の日本で数寄屋建築に目を向けた建築家は、堀口捨己(ほりぐちすてみ、建築家、1895―1984年)、村野藤吾(むらのとうご、建築家、1891―1984年)、そして吉田五十八の3人ですね。残念ながら、いまの建築家はこの3人を引き継いでいない。だから私だけになってしまって、それでもう何か、皆さんに「杉本流数寄屋」といわれるものができちゃったかな(笑)。

茶室・今冥途
アメリカ・ニューヨーク、2011年



和風をうたって活躍している有名建築家もいらっしゃいますが、実際には少し違うかなと。建築家は有名になって仕事が増えるほど、一つひとつの仕事になかなか気を入れられなくなりますからね。

たとえばいま、年間200件以上の仕事を請けている建築事務所もありますが、1件ずつに地鎮祭と竣工式(引き渡し)があって、それには建築家本人が出席します。そうすると全部で400回以上出向くことになる。1年365日のうち400回ですよ。肝心の仕事はどうしているの?(笑)。そういうところは、もうディテールが決まっていて、スタッフも大勢いるから、「ここはアレで。あそこはこうして」と指示すればいいだけになっていますね。だから1件1件に建築家が向き合って、ユニークなものをつくるということにはなりにくくなっています。


石がないと仕事が成り立たない

――江之浦測候所は先生が細かく指示されてつくっていると聞いていますが、同じように他の仕事でも「すべて自分で」という姿勢ですね。
杉本 そうですよ。それに、石、石造美術品にしても原則、すべて自分で集めたものを使っています。ここ(江之浦測候所)で使ったり、他の人のためにも使うものなので、石は“出たときに買う”のが基本です。それは、前にお話ししたように、私は石から空間を考えているので、石がないと仕事が成り立たなくなるからです。

いまは京都で200坪くらいのゲストハウスをつくっていますが、中庭があって、それを取り巻くように建物をつくっています。つまり庭を見るための建物になっていて、だから、まずはその景石として一番重要な石を決めるところからすべてが始まりました。石を決めないと、庭も、建物も設計できない。

――どんな石を置かれるのですか?
杉本 巨大な磨崖仏(笑)。

――スケールが違いますね(笑)。その磨崖仏も先生が所有されていたものですか!?
杉本 いいえ。これについては、私は持っている人を知っていたのです。もともと大阪府の北部にあった磨崖仏で、明治か大正の頃に、ある数寄者(すきしゃ)がその村長に掛け合い、岩盤に矢を入れて剥がして持って帰ったようです。いまでは考えられない話ですね(笑)。その後、またそれをほしいという人がいて、その譲った先が大原(京都)に置いていた。それを私が頼んで譲っていただいたのです。

そうやって最初に石を決めて、その石がどう見えるかを考えながら庭の寸法や建物を設計していく。特にその磨崖仏は、最初に庭に運んでおかないと、建築をつくった後では入らないほどの大きさですからね(笑)。

だから、私にとっては石が一番重要です。

どういう石を置くかによって、小さな石であればそれに適した大きさの空間になりますし、磨崖仏なら、いかにそれを窮屈にならないように見せるかということで、庭も建物も考えていく。もちろん敷地は限られているわけですから、石を一つの基準に門や玄関の位置、また茶室をつくるのなら、どこを躙(にじ)り口にしようかと、そういうことを決めていくのです。





写真5点:江之浦測候所の工事風景
杉本氏は構想から基本設計、デザイン監修、石の据え方など細部まで現場で指示を出す。江之浦測候所は2017年秋の開館後も順次整備を進めている(写真は2015~2017年撮影のもの)