特別企画
お墓や石について、さまざまな声をお届けします。
石からの刺激を楽しんでいる―現代美術作家 杉本博司
石には石の表情・景色がある
――丁場(採掘場)から切り出した原石、また石造美術品も含め、石のどこを見て、どのように使われているかをお聞きしたいと思います。
杉本 古墳の石棺や稲荷社のように、歴史的におもしろいものもありますし、また石に残るノミ跡を見て、「これは中世のものだ」などもわかり、それはおもしろいですね。石は、自然のなかにあればただの石ですが、それを人間が削り出すことによって、カタチを与えられる。石造美術品は古代に遡ればのぼるほど、素朴でいいカタチをしています。
――江之浦測候所の100メートルギャラリーでは切り出した大谷石を使われていますね。
杉本 ええ、それも実際に大谷石の石切場に行き、選んできたものです。普通、大谷石は石の表面をカットして使います。でも丁場で見ると、岩盤から剥がしたままの面がとてもよく、ここではカットせず、切り出したままの肌を使っています。新しい石の使い方ですね。当然、それに伴って工法まで考えています。まあ、「(切らずに)ひと手間抜こう」と(笑)。
江之浦測候所「夏至光遥拝100メートルギャラリー」
大谷石の壁
――大谷石は磨かないでしょうけど、その他の石では磨いて使うということはありますか?
杉本 私は基本的には磨きたくないですね。テカテカになって、もう現代のお墓みたいになりますからね。
それよりも、石を使うには「石の存在感を生かす」ということです。昔は手で、ノミを使って彫って、それがとてもいいわけです。だから磨いたとしても水磨きくらいでしょうね。
石には、石そのものの表情があります。私たち新素材研究所ではそれを「石の景色」と表現していますが、それを生かして、その石の特徴をうまく引き出してあげるのが大切です。
――石は時間の経過とともに、色や風合いが出てきますね。
杉本 そう、時代とともに味が出てくる。
いまの石の使い方は、時間の経過とともに汚くなっていくのがほとんどですよね。磨き仕上げは、磨いたときが一番いいわけで。ビルの外壁の石張りでも、薄い石を乾式工法で張っていて、あれも汚くなりますよね。やっぱり基本的に湿式で使いたい。でもそうすると手間や時間がかかるからね。
先日、静岡県の「グランシップ」(静岡市)という巨大な文化施設に行ってきて、それは微妙な曲線の建物で、その外壁にスレートを葺(ふ)いてあったんですが、もう10年くらい前に金物の劣化で落下して、大変な騒ぎになりました。その修復だけでも相当な費用だったそうです。
近頃は私も建築の仕事が増えているので、いかに石をうまく使うかというのは非常に大きな課題です。
東京・表参道のオーク表参道(2013年竣工)では乾式で石を取り付けましたが、その石は中国材で1枚200~250ミリの厚み。あのときは中国の石切場へ何度も行き、工場で仮組みして、金物まで取り付けて、それで現場で「エイヤッ」と。でも私としては、それが湿式に見えるようにというか、ピラミッドのようにしたかったんですね。役物の石を分厚く加工して、パッと見で「これは積層造りだな」と思わせたかった。
あの石は全部で500トンですよ。それが鉄骨造りに引っ掛けてあって、構造計算上は大丈夫らしいのですが、「本当かな?」と(笑)。専門家が保証しているから、問題ないのはわかっていますがね。
でも、いまは「安く、安く」だから、石も相当薄くなって、石には見えないものもあるのではないですか?
――そうですね。しかもタイルでも石そっくりのきれいなものが開発されていて、石のシェアを奪っています。
杉本 そう。拳骨(げんこつ)で叩いたらパリンと割れてしまいそうなものがありますよね。
究竟頂(オーク表参道・エントランスホール)
東京都港区、2013年
両側に総重量500トンもの石を積層造りのように配する
石を置くことで空間は変わる
――建築でも庭でも、石を置くことでその空間が変わるということはありますか?
杉本 それは圧倒的に変わりますね。ちょっとした庭をつくるにしても、石を置くのと置かないのとでは違いますね。
最近では銀座のお寿司屋さんの店舗を設計しましたが、ぽっと一石置けば、それだけですごいアクセントになる。店内に三和土(たたき)があって、そこにいまは採れない貴重な真黒石(まぐろいし)の小さいものをポン・ポン・ポンと。そのお店はマグロで有名な高級なお寿司屋さんですが、何だかマグロが大海を泳いでいるようなね(笑)。
――その高級店にダジャレを持ち込むという遊び心ですね(笑)。
杉本 まあ、たまたまの語呂合わせなんでしょうね(笑)。石を知る人にはわかるけれど、あえて説明しなければ、誰も気がつかない。
――江之浦測候所でも、清春芸術村のゲストハウス「和心」(わしん、山梨県)でも滝根石(たきねいし、福島県産)をよく使われています。好きな石、この石はいいなというのはありますか?
杉本 日本全国の石切場で行ってないところがたくさんありますから、「どの石が」というのはいえませんが、滝根石は造園分野でまだそれほど名が通っていないこともあり、おもしろい石を見つけやすいのかなと思いますね。ただ、こればかりは私の見立てですけどね。
また、江之浦周辺の根府川石(ねぶかわいし)もいい感じの石ですが、それもいつまで採っていけるかわからないということもありますね。石を買う人がいなくなれば、仕事を継ぐ人もいなくなり、山を閉じざるを得なくなるでしょう。
写真2点:和心(清春芸術村ゲストハウス)
山梨県北杜市、2019年
庭に雌雄の対に見立てた滝根石の巨石を据える。女石の窪みに水を溜め、「赤ちゃんが生まれたらここで水浴びさせてもらってもいい」と杉本氏は語る
――先生にたくさん使っていただかないとダメですね(笑)。
杉本 山ごと買ったり?(笑)。それでも職人さんを雇ったり、重機も必要だし、大変だよ。
――「見立て」とおっしゃいましたが、滝根石や根府川石でも丁場にたくさん石があるなかから石を選ばれていますね。
杉本 それはパッと見てね。「和心」の場合は、この石とこの石はペアで使うと生きるなと。そして石のくぼみに水を溜めて、赤ちゃんを水浴びさせて遊ばせてもらおうと(笑)。
常にそういうイメージを持ちながら、石を見ていますね。
江之浦測候所「藤原京 石橋」(調査中)と
滝根石(正面)