特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

マエストロが奏でる心の音色―彫刻家 安田侃

2024.06.28


彫刻家 安田侃《意心帰》 白大理石 / 東京ミッドタウン

 

―世界で活躍する彫刻家・安田侃氏。主に白い大理石によるその彫刻作品は、いまや世界中に設置されています。安田侃氏曰く、「若い頃は冗談半分に地球をキャンバスに見立てて、そのうえに自分の彫刻を一点ずつ、つながるように置いてゆきたいという夢を持っていた」そうですが、まさにその夢のとおりに作品は世界各地へと広がり、人々に親しまれています。
日本を代表する彫刻家・安田侃氏は、自身の作品づくりや石についていったい何を語ってくれるのか。マエストロ(巨匠)は思わぬ話から、とても気さくに語り始めました―



彫刻との意外な出会い

安田侃 人の運命は本当にわからないもので、ぼくはその好例かも知れません。

というのも、ぼくは日本の大学で石の彫刻を学んだり、日本の石屋さんに習うなど、日本で石の彫刻家になるためのきちんとした道を歩んできたわけではありません。ぼんやりとした思いで選んだ大学に入るまでは、「彫刻家になろう」なんてことは考えもつかなかった。だから、これは創刊500号の記念企画のようですが、ぼくが石や彫刻のことを語ったら、石屋さんに怒られたりしないかな?(笑)

子どもの頃から絵は得意でしたが、特段、美術が好きというわけでもありませんでした。それよりずっと野球をやっていたので、「野球で食べていけたらいいな」と思っていて、でも具体的にプロ野球選手を目指していたわけではなく、小学校や中学校の野球部の監督になって子どもたちと野球ができたら、「それは楽しい人生だろう」と、高校卒業後の進路を考えたときに思ったんです。父が野球好きだったので、その影響もあるでしょうね。それで、小学校の先生になろうと、北海道教育大学へ進んだのが彫刻と出会う一つのきっかけです。



彫刻家 安田侃photography by Romano Cagnoni



入学すると、第二の免許としてどの科目の教師になるか、そのための専攻課程を選びます。当然、ぼくは体育課程を選ぶわけですが、同じように体育教師を目指す学生たちが大勢いて、その教室の前にはすでに希望者の長い列ができていました。先着順だから、ぼくもその行列に加わって待っていると、なんとぼくの一人手前で定員に(笑)。それで「体育がダメならどうしよう、絵が得意だから美術にしようかな」と単純に考えながら廊下を歩いていると、正面の突き当たりの彫刻教室から「カーン、カーン、カーン!」という音が響いてくる。なかを覗くと、桂の大木に上半身裸で一人で向き合い、汗をかきながらノミを振るう、青年先生(彫刻家・小川清彦氏、奈良教育大学名誉教授)がいらっしゃった。

そんな光景を見るのははじめてで、それは衝撃的でしたね。立ち止まったまま言葉もなく、しばらくじっと見ていたら、「キミは彫刻を習いたいのか?」と突然、小川先生にいわれ、驚いて返事をできないでいる間に、気づいたらそのまま他に誰も入る人がいないような彫刻コース(彫塑科)に入っちゃった(笑)。でも、たぶんそのときぼくは桂の木の匂いを感じながら、大木に一人で挑んでいる先生の迫力ある姿や雰囲気に圧倒されていたのでしょう。

振り返ると、それがぼくと彫刻とのはじめての出会いです。

それで大学では約2年間、小川先生が奈良教育大学へ移られるまで、先生の助手を務めていました。授業もほとんど出ないでね(笑)。小川先生はプロ意識の高いすばらしい彫刻家で、のちに壷阪寺(奈良県高取町)の石仏など、多くの彫刻をつくられていますが、ぼくが学んだのは石ではなく、彫塑や木彫のことでした。



石で豆腐をつくるには?

安田侃 大学を卒業すると、先生の勧めもあって東京藝術大学大学院へ進みました。

これはあまり話したことがないのですが、実をいうと、藝大の大学院に入ったときに、「石をやってみようかな」と思って石彫の授業を覗きに行ったんです。すると、先生がおもむろに「お豆腐をつくりなさい」と。つまり、手仕事だけで石をきちんと直角に、真四角に加工しなさいというわけです。そして「これができなければ石は彫れんぞ」とも。みんな、あの固い石をコツコツ彫って豆腐にするわけですが、正直、ぼくは「これは参ったな、やめておこう」と思いました(笑)。でも、そのときに自分のなかのどこかに、「いつかは(石を)彫ってみたい」という気持ちが宿ったように思います。

いま改めて思うのは、その豆腐づくりが日本の教え方の伝統なのでしょう。つまり「技術から入る」「型から入る」という教えです。お茶でも、武道でも、日本の伝統分野では、みな同じように型を厳しく教えられます。それが修業ということでしょうし、それに耐えられる人のみがその仕事、その道で大成する。料理人でも、最初は芋の皮むきだけで1年とか。普通は3ヵ月もすれば飽きてしまう(笑)。でも、それで嫌になってやめる人もいるわけで、それを振るいにかけているのでしょうね。

特にみかげ石のあの固さを思うと、やっぱりよほどの才能と、よほどの根性がないとね、そう簡単には続けられないですよ。



彫刻家 安田侃《意心帰》《多光》《天泉》 白大理石
「野外彫刻展」
ピエトラサンタ(イタリア)
1995年
photography by Kozo Watabiki