いしずえ

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北の大地から穴太積み石垣技術講習会。日本で唯一の直伝による技術指導 TRACE合同会社(札幌市中央区)

2022.11.14

建築・造園・石垣

●『月刊石材』2022年8月号掲載



北の大地から穴太積み石垣技術講習会。日本で唯一の直伝による技術指導
TRACE合同会社(札幌市中央区)

 

講師の穴太積み15代目石匠の粟田純徳氏(左端)が見守るなか、天端石が水糸より若干高いため、上部をセットウとノミではつる参加者。画像はいずれも2022年7月開催時のもの

 

 TRACE(トレイス)合同会社(漆原修社長)は、2008年から「穴太積み石垣技術講習会」(以下、講習会)を道内で開催している。コロナ禍の2020・21年は中止したが、2022年は7月4日から7日までの3日間、3年ぶりに開催した。これまでには「穴太衆積み交流会」として、庵治産地(香川県高松市)で1回、台湾でも2回開催し、北海道以外でも「穴太積み」の継承に努めている。
 講習会名に「穴太積み」と名がつくことからもわかるように、講師にはこれまで穴太積み十四代目石匠・粟田純司氏(㈱粟田建設会長、滋賀県大津市)を招き、今年の講習会では同15代目石匠・粟田純徳氏(同社社長)を招いた。また、石材加工の特別講師として、田部哲朗氏(田部石材㈱社長、島根県安来市)が2018年から招かれている。

 参加者はリピーターも多く、全国各地から累計で63名。30代、40代が目立ち、石材業者もいるが、造園業者の参加が多い。また、女性(造園業)の参加者もおり、リピーターにもなっている。

根石の設置からスタートし(左)、裏込めの栗石を詰めながら(中)、2段目を積んでいく(右)


 講習会を始めたきっかけを、漆原社長はこう話す。

 「穴太積みの北限が弘前城(青森県)までで、津軽海峡を渡っていませんでした。当然ながら、北海道には穴太積みの文化がなく、『穴太の技術を北の大地に』と、突然、坂本(滋賀県大津市)の粟田会長を訪ねたのが最初です。会長はすぐに『やりましょう』と。ただ初めは、参加者が集まりませんでしたね(笑)」

漆原社長


 漆原社長が粟田会長を訪問したのは2007年のこと。翌年には第1回目を開催しているので、話がとんとん拍子で進んだことをご理解いただけよう。現在は年に1回、全4日間で開催しているが、当初は年に3回、各2日間の日程で開催していた。北海道は積雪により、屋外で作業ができる期間は限られる。年3回の開催であれば2ヵ月ごととなり、漆原社長は「無理がありました。参加者がおらず、当社の職員が参加したこともありました(笑)」と、当時を振り返る。

 第1回目は北海道上川町で開催し、石積みは講習会後、解体撤去した。2回目から5回目までは北海道当別町で開催し、2回目以外は石積みの完成後に当別町へ寄贈した(いずれも町有地を借りての開催)。

 6回目からは、「石の移動のたいへんさや経費等を考えて石狩市内に購入した」(漆原社長)という約90坪の土地を「穴太流石積道場」として講習会を開催(2022年も同じ)。この頃から、参加者は募集後数日で定員となったが、参加者は石積みを実際に行ない、また石垣の修復工事に携わっている、日々の仕事で技術を必要としている本州からで、北海道在住はスタッフ以外、残念ながらいなかったという。


講習会で石積みを指導する粟田純徳氏(左端)


「いまはなぜか人気の講習会になっています(笑)。修復工事と違って、ゼロから穴太積みを学べるところは、全国でもたぶん、ここだけだと思います。石垣の修復だけやっていても、技術は覚えられないのではないか? 何もない状態から石積みができる場所を用意しないと、職人はなかなか育っていかないと思っています」(漆原社長)

 北海道にはそもそも石垣工事がほとんどなく、講習会の開催はずっと我慢くらべの状態で、粟田会長は「いつ止めるのか」という感じで見ていたという。ただ、段々と口コミで広がり、フェイスブックを通じて台湾から参加する造園業者もあり、ひいては台湾開催にまでつながっていった。

 講習会で使われている石は、漆原社長が購入した北海道・小樽産の安山岩で、硬くて加工が難しい石だという。ダンプトラックで約40台、400トン近くの石を一度に購入し、目算ではこれまでに、約半分の石を使っている。第5回まではその都度、石を移動したが、前述したとおり、その経費だけでも高額になるため、石が常時置けて、講習会が開催できる土地を購入した。

「穴太積み石垣技術講習会」の会場になっている北海道石狩市にある「穴太流石積道場」。完成すると櫓台が4つあり、桝型虎口の大手門(正門)と搦手門(裏門)からなる城郭となる


「お金を使うのであれば、『残るものを』と思いました。回収の見込みがない投資ですが(笑)、一番の目的は職人を育成することです。採算は合いませんが、やってよかったと思っています。職人さんの技術はお金では買えません。ここで勉強してくれた職人さんが、次の世代の石積み職人を育てていけば、穴太積みが将来にわたってつながっていくと思っています」

 講習会が4日間になってからの受講料は一人5万円(税別)で、定員は15名から20名で開催してきた。講師代や諸経費を考えると、講習会が事業として成り立っていないのが実情だ。

 漆原社長は、実は建設コンサルタント業の経営者(株式会社北都エンジニヤリング、札幌市中央区)でもある。だからといって余裕があるわけではなく、思いだけでこれまでやってきた。河川等の設計をするなかで、コンクリートではなく石を使った河床や護岸を、長い間、公共工事等に提案してきた。またそのなかで石の扱いや技術を調べていった結果、行き着いたのが穴太積みだった。

過去の講習会で参加者が積んだ石垣。きれいに積まれている(穴太流石積道場)

 
「お金を使うのであれば、『残るものを』と思いました。回収の見込みがない投資ですが(笑)、一番の目的は職人を育成することです。採算は合いませんが、やってよかったと思っています。職人さんの技術はお金では買えません。ここで勉強してくれた職人さんが、次の世代の石積み職人を育てていけば、穴太積みが将来にわたってつながっていくと思っています」

石のはつり方を実演して指導する田部哲朗氏(右)


 講習会が4日間になってからの受講料は一人5万円(税別)で、定員は15名から20名で開催してきた。講師代や諸経費を考えると、講習会が事業として成り立っていないのが実情だ。漆原社長は、実は建設コンサルタント業の経営者(㈱北都エンジニヤリング、札幌市中央区)でもある。だからといって余裕があるわけではなく、思いだけでこれまでやってきた。河川等の設計をするなかで、コンクリートではなく石を使った河床や護岸を、長い間、公共工事等に提案してきた。またそのなかで石の扱いや技術を調べていった結果、行き着いたのが穴太積みだった。

穴太流石積道場のようす(ドローン撮影)


「講習会を主催するからには技術を知っておかなければならないと思い、粟田会長にお願いして、2008年には高知城の石垣修復現場で研修をさせてもらいました。その後も滋賀県周辺の現場で何ヵ所か研修し、もちろん、油圧ショベルや移動式クレーン、玉掛けなど必要な資格は取得しました。札幌にコンサルタント会社は250社ほどありますが、このようなことをしているのは、私一人だけではないでしょうか(笑)」

 漆原社長がこの講習会を始めて2022年で14年目。粟田会長には「最初に目指したことは成し遂げた」と話したという。ただ「講習会を続けてほしい」という声も多く、コロナによる中断があり、粟田会長も高齢になったことから、今年から粟田社長に講師をお願いし、快諾をいただいた。漆原社長と粟田社長の付き合いは、前述した2008年の研修時からで、お互いによく知る仲だ。

「穴太流石積道場」では、単に石を積んでいるのではなく、完成すると櫓台が4つあり、桝型虎口の大手門(正門)と搦手門(裏門)からなる城郭となる。完成までには、あと数年掛かる見通しだが、完成したら講習会が終了ということではなく、すでに次の道場(札幌市清田区)が決まっており、講習会は今後も続いていく。


 漆原社長は現在66歳で、「いつまで続けることができるかわからない」というが、スタッフも揃っており、次の道場は約300坪あるということから、継続は問題ないであろう。

 なお、次回の開催予定はすでに決まっており、2023年7月3日(月)から6日(木)までの4日間、引き続き現在の「穴太流石積道場」で行なわれる。定員は20名限定だが、すでに10名が予約申し込みをしているという。

 穴太積みの石垣技術を直伝で学べる場所は、この講習会だけである。石工技能の継承のために、ぜひ時間をつくってご参加いただきたい。

講師の粟田氏・田部氏をはじめ、参加者とスタッフ一同で記念撮影


◎TRACE合同会社
札幌市中央区大通西23-1-1円山公園ビル2階
https://www.trace14.net/


◎穴太積み石垣技術講習会の動画