特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

常に新しい感動を求めて石と向かい合う―彫刻家・画家 武藤順九

2020.11.11

ピエトラサンタで恋人=大理石と出会う

――ヨーロッパに渡ったのは、彫刻を学ぶのが目的ですか?
武藤 学ぶというよりも、好きなことを目指して、ということですね。でも生活がかかっているから、やっぱり自分でつくったものを売っていかないかんからなぁ。それは辛いときもいっぱいありましたよ。それで自分自身に「どうすれば生きていけるか」と問い続けて、「いいものをつくらなければいけない」ということが切実にわかったんですね。

日本であれば大学のコネクションとか、学校に就職するとか、どこかの美術団体に所属するとか、そういうつながりもありますが、私は全部捨ててしまったからね。東京藝大を出ても、そんなことはヨーロッパでは通用しない。苦しくても、お金を借りられる人もいない(笑)。

だから、23歳でヨーロッパに渡ってはじめて裸の自分を見ましたね。そこからが私の本当の冒険。それは戦いでした。

――当時は何をつくられていたんですか?
武藤 最初は絵を描いていましたね。食べていくために肖像画を描いたり、墨絵を描けたから風景や人物を描いて、それはよく売れました。そのうちに段々と生活も落ち着いてきて、少しは経済的な余裕もできたので、ずっとつくりたかった彫刻、それも石を彫ろうと。

きっかけは、あるときにイタリアを旅していて、いまは私の工房もありますが、ピエトラサンタへ行ったんです。世界的に有名な大理石の産地で、彫刻の街ですね。そこでミケランジェロが自ら石を選んだといわれる大理石の採石場にあがったときに、それはもう感動しましてね。「よし、オレもここでやろう」「大理石の彫刻をつくろう」と決意したんです。

――どんな感動がありましたか?
武藤 恋人に会ったような感じだな。うん、そういう表現がわかりやすいでしょう(笑)。「この子いいな」と思える女性にやっとめぐり会えた。そういう感覚でしたね。

作品「CIRCLE WIND(風の環)-PAX2001-」
(2001年、イタリア産大理石)

仙台市・仙台国際センターに永久設置



私にとって大理石は、時空を超えて出会える生命体そのもの

――それまでに石を彫ることはありませんでしたか?
武藤 石は彫ってなかったな。粘土でつくる彫塑や、木を削って彫刻のようなものをつくったりはしていましたけど、本格的に石を彫るということはありませんでした。

やっぱり、石の美しさに魅せられたんでしょうね。それも大理石。私の場合はみかげ石ではなくて、大理石なんだな。私は大理石を見ていると、生命(いのち)の循環、つまり生命そのものを感じます。

花崗岩などはどろどろのマグマになって、いろいろなものがミックスされてできているから、金属みたいな印象があります。それに比べて大理石はマグマの近くで温められ、そのままゆっくり、億年単位の時間をかけて冷めて生成される。生命の堆積がその時間の流れのなかを眠ってきているわけだ。だから、石のなかに「fossile」(フォッシレ=化石)なども入っているんですね。ときには何億年前の水が内部に封じ込められていて、「それを見つけたらとてもラッキーなことがある」と、私たちの仲間ではいいますが、本当に時々出会うんですよ、何億年も前の水に(笑)。

つまり、私にとって大理石は、時空を超えて出会える生命体そのものなんだな。

彫刻にしても、「石彩」にしても、大理石を見ていると、その石が何億年も前に生まれた頃の宇宙や地球の風景って、どんなだったのかなと、イメージしながら楽しんでいるんです。石のなかに化石があれば、そのまま使いますが、それもまさに生命体の一つのかたちがそのまま石になって残っているから。私はそれを現代に彫刻として生かし、太古の風景を思い描きながら表現しているんです。

「素材に感じる」と、私はよくいいますが、木を彫る人は木から何かを感じて、木に呼ばれています。同じように、私は石に感じて、石に呼ばれているんです。それも大理石に。だから、彫っていても、彫り進んでいくうちに自然とかたちが現れてくる。それは石そのものからイメージが出てくるからです。「石彩」にしても、石のほうから「こう描いて」といってくる。そういう石の呼び声を、私は聞いてあげているだけだからね。

造形表現をする人たちはみんな、同じようなことをいっていますね。ミケランジェロもそうですし、木彫でも同じで、日本では鎌倉時代に運慶(うんけい)、快慶(かいけい)などのすばらしい仏師がいましたが、彼らも「木に呼ばれる」というようなことをいっていますね。技術の習得などももちろん大切なことですが、最終的にはそういうものを超えて、魂の部分で素材とつながらないといい作品は生まれません。

それは石を扱うのであれば、“石とつながる”ということです。

作品「CIRCLE WIND(風の環)-PAX2003-」
(2003年、イタリア産大理石)
イタリア・ピエトラサンタに永久設置