特別企画
お墓や石について、さまざまな声をお届けします。
見事に蘇った常磐橋! ― ㈱文化財保存計画協会特任主任研究員 西村祐人さんに聞く
見事に蘇った常磐橋(日本銀行側から撮影)
■ 最も大事なのは、「修復」そのものを思想的に掘り下げること
中井 私の理解では、常磐橋の解体修復は、西村さんという、一個人のエンジニア、またアーキテクト(建築家)の卓越した能力、そして努力、頑張りがあってはじめてできたと思っています。かつ、「文化財だからここまでできた」ということも当然あり、公共的なインフラ整備としては、相当特殊なスペックの工事だったと思っています。
ただ、特殊な工事でも一般化できることがいろいろとあるはずです。九州にはまだまだ石橋が残っています。また今後、近世や近代の石の構造物の保存や修復をしていくなかで、今回のスペックをモデルにすると、現場はなかなか動いていかないと思います。
これから続いていく石の構造物の保存や修復、また新たな建設のために、常磐橋に込めた西村さんなりのメッセージをお聞かせください。
西村 個々の修復手法として、一般化できることはたくさんあると思いますが、最も大事なのは、「修復」そのものを思想的に掘り下げることだと思います。常磐橋は歴史を背負ったものですが、同時に生きた都市空間のなかにあるインフラでもあります。ですので、それを現代において修復するという行為は、「過去に価値を閉じることであってはいけない。現代や未来に対して、開かれたクリエイティブな場でなければならない」と思っています。
たぶんこれから、特に戦前・戦後につくられた「土木遺産」と呼ばれるものの修復が、たくさん出てくると思います。規模も大きく公共的インフラとして、かつ現役で稼働し続けるような土木遺産において、これまでの文化財、たとえば社寺建築を保存修理するような手法をそのまま適用することは難しいと思っていて、かえってそこに固執することで、残らないものがたくさん出てくるように思います。
土木遺産を守るためには、時代に合わせてその機能や役割を常に再定義し、次の時代でも必要とされるために、その構造物がもつ本質的な価値を常に翻訳し続けなければなりません。
伝統的なやり方にだけ閉じてしまうと、遺産を上手く活用できず、経済原理のなかでつぶされてしまうこともあるでしょう。だからこそ、いまの暮らしとの接点を常に確認し続けることや、現在や未来に対し開いておくことが必要だと思っており、それは常磐橋に限らず、今日の修復において一般的に求められる在り方になっていくと思います。
東日本大震災により沈下したアーチ頂部(次頁写真)も、もちろん修復された(写真提供:文計協)
中井 私が常磐橋プロジェクトで「すごい」と思ったのは、現場で実験がたくさん行なわれたことです。あの実験は、現場の方と一緒に、西村さんの体が動いた結果だと思います。
誰がどのようにつくった石橋であれ、解体してはじめてわかることがあり、思うようにいかないこと、計算どおりにいかなかったことも多かったと思います。そのことに対して、一つひとつ現場の人たちと苦労して乗り越えていったことは楽しかったのでは?
西村 楽しかったですね。
中井 その魅力を聞かせてください。
西村 とても楽しかったのですが、「特殊な環境だったから」という部分が、大いにあったと思います。
中井 それは一般化できないのですか?
西村 わかりません。むしろ、一般化すべきことだと思います。
中井 そうですよね。ものづくりは現場の人たちと苦労して乗り越えていくことが、一番楽しいはずです。
文化財の保存や修復であれ、新規につくるものであれ、それ以外の構造物であれ、ものにもう一度命を吹き込むとか、あるいはいままでにない命をつくり出すといったことを、私たちはやっているわけです。そういう意味で、常磐橋はこうやったからこそ楽しかった、というエッセンスは一般化できると思ったのですが。
西村 属人的な部分が多いので、きちんと一般化できる方法論としてまとめなければならないと思っています。
中井 属人的なんですね。西村さんと同じやり方ではなくても、同じような進め方はできないのでしょうか?
橋長28.8m、橋幅12.6mの常磐橋。後方中央に日本銀行本館の一部が見える(写真提供:文計協)
西村 工期が決まっていて、あらかじめ決められた予算のなかで進めなければならないのが大抵のプロジェクトですが、設計が終わって工事が発注されたあとに、解体を進めるといろんなことが判明したため、修復手法を検討するための試験を重ね、設計を見直し、追加予算をお願いしたり、工事が遅れたりすることは、なかなか一般的には許されないと思います。
それができるのは、その必要性について関係者間で合意がとれ、応援してくださる方がいるからですが、その共感を生み、持続させるためにも、調査や修復設計そのものと同じくらいの膨大なエネルギーが必要です。
コンサルティングといえば聞こえがいいのですが、泥臭い対話を重ねて、乗り越えねばならないような場面もあり、その部分も含めたやり方が方法論として成り立つのであれば、他の現場でも有効だと思います。
また、修復事業が性格上、解体してはじてわかることがあり、調査の結果を反映し、柔軟に設計を見直す必要があるものだということを、ある程度許容しながら進められるような受発注者の関係性が成立しなければ、現場で試行錯誤し、実験を繰り返し、一つひとつを丁寧に進めていくのは難しいと思っています。
中井 単年度予算主義という制度的な制約は、文化財の修復とは相性が悪いですよね。
公共であれ民間であれ、お施主さんのお金で、多くの人々のために設計をする以上、単に自分の興味の赴くままに仕事をする、ということは、当然ながら通用する話ではないですよね。
西村 そうですね。
中井 そうなると、皆で共有可能な大きな目的意識を持って、それに向けて段取りをしていくことが重要ということでしょうか?
西村 そうだと思います。
今回の現場では、「常磐橋の修復において何を大事にするのか」ということを皆で共有し、そして共感を醸成することが大事だったと思います。それがないと、何かイレギュラーなことが起きたときに、「設計者個人の思い」ということでは前に進めませんので、重要なプロセスだったと思います。