特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

想像もしなかったものが、石に向き合っているときに生まれてくる―彫刻家 樂雅臣

2021.08.20

大学で石に触れ、のめり込む
――樂さんは大学の授業で石と出会うのですね。
 はい。金属や木、粘土(塑造)などの素材を一通り学んでいくわけですが、まさにその最初の授業が石でした。そして、僕にとって石はかなり面白く、とても魅力的で、そのまま石にはまってしまったんです(笑)。

それは、石を通して〈素材と向き合える場・時間〉という実感を持てたからです。

石を彫るにあたっては、まず道具づくりから始まります。ノミの焼き入れやハンマー(セットウ)の柄などをつくるところから習い、それから大学では通称「豆腐づくり」と呼んでいますが、安山岩(神奈川県産「本小松石」)をひたすらノミで叩いて四角くし、砥石で仕上げる。機械で行なえばすぐにできますが、それを自分でつくった道具を使って手で行なうところが、僕にはとても魅力的だったんですね。

といいますのも、樂家でも樂焼に使う道具はすべて手づくりなんです。お茶碗をつかんだり、窯の炭をつつく棒など、いろいろな道具がありますが、基本的にそれらは一からつくっていて、そういうところでも幼少期から触れてきたものと通じるところがありました。

また、石も実は樂家にはごろごろ置いてありまして、それは樂焼の特徴でもある黒い釉薬に使う石で、加茂川で採れる石(輝緑凝灰岩)なんですが、いまは採取禁止になっていますので、ある分を大切に大切に使っています。父が、それこそ藝大で使っていたハンマーで少しずつ砕き、いい部分だけをさらに粉砕して釉薬に使う。そういう作業を子どものときからずっと見ていましたので、思い返せば、石にはけっこう馴染みが深いといいますか(笑)。

だから、一般の方が樂家のお茶碗を見ると、「黒いお茶碗だ」となりますが、僕は『石からできている』という見方を持っています。たぶんそういうことも影響して、大学の最初の授業で石に触れたときに、すぐにのめり込んでいったのだと思います。


彫刻家・樂雅臣樂焼の釉薬に使う京都・加茂川の石。現在は採取禁止で、樂家では大切に使っている。樂茶碗の特徴である黒色を生む。樂雅臣氏は「僕にとって樂茶碗は単なるお茶碗ではなく、石からできているもの」と話す(写真:樂雅臣)



素材と向き合ってつくる樂茶碗との交感
――樂焼の黒は加茂川で採れる石の色なんですね。少し話はそれますが、粘土に使う土についても知りたくなりました(笑)。
 樂家では歴代の当主が土を探し、見つけて来ては三代ほど寝かしてから使っています。だから、いま父が使っているのは十二代目が見つけて寝かしておいた土です。先日、父も土を見つけて来ていましたが、それは原則、十八代目が使うことになります。

樂家のお茶碗は窯のなかで急激に熱し、急激に冷ましてつくります。通常の焼き物のように、割れないように徐々に熱し、徐々に冷ましていくという作業をせず、いきなり高温の窯に入れ、いきなり冷ます。石と同じで、土も熱くなれば膨張し、冷たくなれば収縮しますので、普通の土では割れてしまいますが、樂家では土を充分に寝かすことで、それに耐え得る性質の土をつくっているのです。

しかも土はそのまますべて使うわけではなく、礫や砂利などを省きますから、最終的に使える量はかなり少なくなってしまいます。

――釉薬用の石も、また粘土に使う土も有限なのですね。そうすると、一代でつくることのできる作品も限られてきますね。
 そうですね。限られますが、そもそも一般の陶芸家のように数をつくることはできません。黒い樂茶碗を焼くときには、1つの窯に1つしか入れないんですよ。

――窯はいくつあるのですか?
 樂家のお茶碗には黒と赤があって、窯はそれぞれ1つずつです。黒茶碗と赤茶碗では少し焼き方が違うため窯を分けていて、黒用の窯にはお茶碗は1つ、赤用には3つか4つ入れて焼いています。窯に火を入れるのは、職人ではなく、大工棟梁や炭屋の御主人のように、それぞれ何代ものお付き合いになる方が10人以上で炭を詰めて、鍛冶屋が使うような鞴を使い、付きっ切りで窯の温度を上げていきます。意外と重労働なんですよ(笑)。


彫刻家・樂雅臣 石と空間の美焼貫黒樂茶碗「吹馬」
(十五代吉左衞門作、写真撮影:畠山崇 / 提供:佐川美術館)


――だから、それだけの価値があるんですね。
 そう思います。機械を使わず、人の手により自然と共生するように焼いています。

自然は無限の複雑系のなかにあります。それは石彫も同じです。地球の誕生と同じ気の遠くなる時間がそこに凝縮されている。ひと振りのノミの響きにも、そのことが僕の手に伝わってきます。

――そういう〈素材との向き合い方〉を幼い頃から身近で見ていた。だから石にものめり込んでいったのでしょうね。
 そうですね。大学では友人たちも「石はイヤだ」といっていました。もう本当に、忍耐しかないですからね(笑)。1年生が作業場でひたすら石を叩いて、焼きが甘くてすぐにノミ先が丸くなっては焼き入れし直し、今度は焼きが入りすぎて先が割れたり、悪戦苦闘しているすぐ向こうで、先輩たちが電動工具で簡単に彫っていたりするから、余計に(笑)。

でも僕には、道具づくりも、石のはつりも、手磨きにしても、〈素材と向き合っていること〉を実感でき、とても楽しく思えました。