特別企画

お墓や石について、さまざまな声をお届けします。

想像もしなかったものが、石に向き合っているときに生まれてくる―彫刻家 樂雅臣

2021.08.20

石の存在感が好き
――実際に素材を選ぶのは3年生ですね。
 原則、3年生から分かれますが、僕は1年生から石を選んでいました。本当に、ただもうひたすらにずっと石を彫っていましたね。夜間も作業場に行って彫っていて、だから中学校にはあまり行っていませんが、大学へは誰よりも行っていたと思います(笑)。

――のめり込みようがすごいですね(笑)。どうしてなんでしょう?
 わからないですけど(笑)。でも考えると、幼いときは樂家でずっと好きなものを粘土でつくっていて、それが中学校のときに少し崩れ、学校にも合わず、人ともあまり接しなくなり、そのなかでたまった鬱憤といいますか、「自分を表現したい」という気持ちがありながら、それをできなかったのが、大学で好きな素材に出会い、思う存分制作できる環境になった。だから、そのギャップだと思います(笑)。

――でも、木ではないんですね。
 木は違いましたね。自分の表現に合うか、合わないか、ということになりますが、もし聞かれたら、僕は「石の存在感が好き」と答えます。特に黒みかげ、それも「ジンバブエブラック」(アフリカ・ジンバブエ産)を最初から使っています。

――存在感とはどういうものですか?
 それは、石の凝縮力ともいえますが……。最初に目にしたとき、カーンと跳ね返って来る力。硬さという具体性だけでなく、とてつもない時間の凝縮ともいえる地球の姿の一部であり、それが最終的に作品になったとき、無言の言葉も存在感として発するのだと思います。

黒い石は、彫刻をつくるにあたって最も影がきれいに出る素材と思います。白い石ではあまり陰影が出ません。黒い石は影がきれいですので、その分、緊張感や迫力、力強さがより強調されると感じています。

――黒い樂茶碗と重なるのでしょうね。
 自分ではそこまで意識したことはありませんが、樂茶碗も削ってつくられていて、緊張感や迫力が重要になると思いますし、僕の彫刻での陰影の表現は、もしかすると無意識にも幼い頃から触れてきたお茶碗に合わせている部分があるかも知れません。だから、より黒みかげに入りやすかったのだと思います。

それで、黒みかげを使って学生のときにはじめてつくったのが「創造のはじまり」という作品です。これはペリカンの嘴(くちばし)をモチーフにしていますが、ペリカンが池の水を嘴でつつく姿から「国生みの神話」(イザナギとイザナミが矛〈ほこ〉で混沌をかき混ぜて島=日本をつくる神話)を連想してつくりました。ただ、そのときに顔までつくると具象作品になりますので、頭部があるはずの部分を割って、その割肌をそのまま生かして作品としています。

つまり割るということは、そこにはもともと何かがあったということで、「割れた先にあるもの」という意味合いを込めています。


彫刻家・樂雅臣作品「創造のはじまり」ジンバブエブラック
(写真撮影:畠山崇 / 提供:佐川美術館)

彫刻家・樂雅臣作品「輪廻 稲妻」ジンバブエブラック
制作にはまず石を割り、その割肌を生かして石を彫り、手磨きで仕上げる樂氏。加工の難しさも伝わってくる作品の1つ。
右は部分のアップ。
石に彫刻された虫食い模様。生命の共存共栄を象徴している
(写真:樂雅臣)



――割肌が何かを想像させますね。そこから作品「輪廻(りんね)」シリーズが生まれたのですね。
 はい。「輪廻」シリーズは大学在学中から20代でつくった作品で、生と死、あるいは時間などがくるくると回転することを表しています。〈輪廻〉は宗教用語で、狭義では人の生まれ変わりという意味になりますが、僕が伝えたいことは人の生死だけではなく、自然の摂理そのもの、それがいろいろなものへと変わっていくさまを表現していて、そこに割肌を使っています。

「輪廻」の次に30代になってつくりはじめた「Stone box」シリーズは「創造のはじまり」と関連していて、鳥の嘴をモチーフにしています。鳥が木の実を食べながら別の地へと移って行き、そこでフンをして、そこからまた木が芽生えてくるというところから、鳥(の嘴)を幸せを運ぶ象徴としてとらえました。

「Stone box」はいわゆる箱で、外部からはその内部に何が入っているかは見えないけれど、見る人の意識の持ちようにより、いろいろな物事が見えてくる。そういう意味合いを鳥の嘴のかたちをした「Stone box」のコンセプトに定め、そこにも割肌を生かしています。

どちらのシリーズもテーマは一貫していて、1つは自然に関する循環です。自然界で生き物が共存共栄していくなかで、たとえば木であれば倒れたところに新しい生命が芽生えたり、そういうサイクルがある。そしてもう1つは、割肌の先にあるもの、「Stone box」の内部にあるものなど、人それぞれの意識によって違う物事を見ることができるというストーリー、メッセージを持たせています。

このテーマは今後も変えようとは思ってなく、これからの作品にも反映されると思います。


彫刻家・樂雅臣作品「Stone box ‘Dune’」オニックス
手前:作品「輪廻 雷雲」ポルトロ
(写真:樂雅臣)


彫刻家・樂雅臣

「Stone box」シリーズは鳥の嘴をモチーフにした箱状の作品で、内部にある〈何か〉を予感させる。樂氏は「何を入れ、何を残すか。しまわれている何かを再認識する象徴の意味を持たせ、彫刻として外面の形状より内部に入れる何かを主とした作品」という。写真は作品「Stone box ‘Hawk’」の外観と内部を見せたもの(写真:樂雅臣)