いしずえ

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天然石割肌モザイク作家・本間洋一「再会のゴン」

2020.11.11

その他


本間洋一「再会のゴン」
「再会のゴン」
山で出会った狐の思い出

(34×48㎝)

天然石割肌モザイク作家
本間洋一



石のモザイクに魅了され、とりこになってしまったのはいつ頃からであったのか、正しく思い出せない。絵が出発点であったが、素材の持つ魅力、その存在感と材質感、素材それぞれの持つ固有の美しさ。私にとって確かなのは、自然の力によって産み出されたものだけが持つ美しさであり、人工的につくられた素材でない物に限定される。いかにうまく天然物に似せてつくられた物でも、ひと目でわかってしまうから不思議だ。

物事の実体はごまかしのきかない真実を示していると言い切れるであろう。この価値観に私は支えられている。モザイクを始めて石に魅せられ、ドンドン深入りしつつある今、石がたとえドロ色であっても私には美しく感じられる。

この価値観に基づく石への探求はほぼ60年を超えたが、今も何ひとつ変わらない。出会い、トキメキ、感動、歓び。これは何物にも替え難い私の宝であり、この心に導かれ、私はよく河川敷でモザイクに使いたい石を探してきた。その石と同系の石が上流にも有り得ると感じたとき、山深く川をさかのぼり、感動への探求を行なったものである。

1970年頃であっただろうか。黄緑色の石が欲しくて盛んに探していたとき、たまたま出会った一個の石に導かれ、懸命に周辺を探したが、ある地点より上流にはまったくない。周囲を見回すと一本の細い川が本流に流れ込んでいて、「もしや」と思い踏み入ってみるとあったのである、その石が川底に。粘土質のところからニョキニョキと顔を出していた。

この体験に導かれ、別の日に新たに挑戦した。天気はややあやしかったが、目的の場所はかなり川の上流に当たるところで日帰りは無理。数日かける覚悟で現場を目指し、目的とする石に近い物が少し見つかったが石質はいまいちで、そこに滞在し、明日にかけることにした。それでもダメなら「さらにもう一日」と心に決めて挑んだ。

陽が傾きかかった頃、その日はなぜか気がはやり、早めに寝床を作った。いつもはあまり深く考えないが、もし雨になった場合のことがひどく気になり、地形、水の流れなどを入念にチェックし、雨が長時間に及んだときに予測される状態への対策も慎重に行なった。

しかし悪いことにこれが当たったのである。風が吹き、雨が降り出してきた。これは長引くと感じ、早く眠っておこうと思えどもなかなか眠れず、色々のことが脳裏に浮かんでは消えた。雨はますますひどく降り、本能的に「身体を濡らしたら生命を落としかねない!!」と思った。これほどまでに緊張したのは初体験であったが、文字通り、私は石探しに生命をかけていた。

しばらく続いた緊張のせいか、知らぬ間に眠りに入っていた。訳のわからない夢をたくさん見ていたようである。何か異様な気配を感じたので辺りを見ると、テントの中、私のすぐそばに1匹のキツネがいた。暗くて最初はよく見えなかったが、手を伸ばせば触れるくらいの近さである。瞬間的にこの異様な勢いの雨がキツネの穴をも濡らし、ここに来たのかも知れないと感じた。視線を合わせないように気づかい、できるだけやさしい気持ちになろうと努めていたと思う。疲れていたせいかまたまどろみ、再び目覚めるともうキツネはいなかった。

それから2年後、私はまたこの山(正しくは一本隣りの沢である)へ例の黄緑色の石を探しに来ていた。

この夜は、ゆるやかな風に木の葉の揺れる様と音、月あかり、寒くも暑くもないゆったりとした心地良さ。「こんな夜もいいものだ」と思っていたとき、いきなりガサ・ゴソと音がして、見るとキツネである。月あかりに大きく破れた跡を残す耳が照らされ、以前出会ったあのキツネであることを知った。

偶然の再会に驚き、何秒か、いや1分くらいだったかも知れないが、キツネがジーッとして立ち止まりこちらを見据える様子に、今が初対面ではない者同士の親しみに似た感覚を覚えた。やおら歩み出し、こちらを見ては立ち止まり、また少し歩み、そして茂みへと姿を消した。あのときのキツネに今また会えたのである!!

私は、ゆるやかなあたたかい風に頬をなでられているような、そんな思いに一瞬浸っていた。今も時折その思い出はよみがえる。

このキツネとの再会によって、それまでの自分が体験していない不思議とも思える野生動物に対する新たな感覚の芽生えを感じた。


本間洋一「再会のゴン」本間洋一「再会のゴン」本間洋一「再会のゴン」
・使用した石
作品「再会のゴン」は、表現内容がモノクロームに近く、色とトーンのわずかな変化に留意しながらも色を系統別に見ると極めて少なくなる。そのうえ中間色の石は、特に作者自身で採った石が多く、それらには名前がない。今回は名称には触れず、モザイク表現のために作者が収集・使用している素材を見せるのみとする。



*「月刊石材」2018年2月号より転載
内容は同号掲載当時のものです


本間洋一(ほんま よういち)
東京生まれ。武蔵野美術学校(現美術大学)卒業。大理石モザイクをはじめ、建築において手仕事で石を活かす造形を専業とし、下絵、模型から現場制作に至る全工程を自ら行ない、建築との融合を目指す。