いしずえ

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天然石割肌モザイク作家・本間洋一「睡蓮」

2020.11.11

その他


本間洋一「睡蓮」
「睡 蓮」

(40×34㎝)

天然石割肌モザイク作家
本間洋一



睡蓮の咲き出す季節を迎え、身も心も大自然の全てが、今またワクワクの時を迎えていると言えるのではないでしょうか。

アーッ、つぼみだ!! そのつぼみが膨らんで咲き出す姿、思えばその全てが大いなる恵みであり、アッと言う間の変化でありながら、ジーッと見つめていても動いたり形を変えたりはしない! こちらが見つめていない瞬間を見はからい、一瞬のスキをついて咲くのであろうかとさえ思えるくらいです。

「睡蓮咲いたよ! 見に来て!」などと言っているヒマはない! 散るのも速いその潔さとでも言おうか、私はいつもこの姿に接するたびに、時を重んじ、大切にしなければと身を律し、節しなければと自責の念にかられている。年齢を重ねた今、時の経つのを以前より速く感じるようになっている。明日ありとじっくり構えていたあの頃はもう過ぎ去り、更なる充実の実感を目指したい思いである。

つぼみがどのように膨らんで咲き出し、開ききるまでどのような姿を重ね、またひと時の姿を終えるのか。ジッと見つめ続け、その実感を脳裏に刻みたいと思ってきたが、まだ実現していない。自分が今、天から授かっているこの生命を何気なくのんびり過ごしているが、考えると、ずい分モッタイなく過ごしているような気がしている。生命のサイクルが短い花や虫ばかりではなく、自然界のあらゆるものが、本能的に感じ取って、与えられたこの一瞬一瞬を大切に生きようとしているのではあるまいか。そしてその内容、中身も凄く大切であると、改めて感じている。無駄と思えることでも、意義深いこともある反面、意義深いことさえ安易に見過ごし、忘れがちになっているおのれを反省させられる。

睡蓮の咲いている池をジーッと見つめていると、そこには普段は気づくことのない様々な生物がいて、盛んに動いているもの、じっとしているようではあるが、エサが近づいてくる一瞬のチャンスを待っているものなど、たくさんの営みが繰り広げられていて、これもまた驚きである。

また反面、何も考えまいとしてただぼんやりと心をからっぽにするようなつもりで、静かに見つめ続けるのもいいですね。何かを考えようとしていたり、気になっていることなどに対し、さらに踏み込んでいこうと努力していたり、これもまたまじめ人間の普通の姿の一面であるかも知れないが、それすらも忘れて、ただただ何も考えずに、できるだけ自分をからっぽにしたいと思っていると、今まで見ていなかったもの、感じていなかったことなどが、あちこちでキノコが顔を出すように現われてきたり、浮かび上がったり。そこからまた新しい心の世界が開けていくような思いにも出会います。

そして、これは実際に体験していることなのですが、このように心をからっぽにして、おのれの存在すら忘れるようにしていると、不思議な現象として、普段近づいてくることなどのない野鳥たちが、私のすぐそばまで何くわぬ顔や姿で近づいてきてくれました。この体験をまたさらにスケッチや私の日常生活のなかで生かせたらと、模索しているところです。欲張った心を内に隠して描きたい鳥に近づこうとしても、きっと見破られてしまうでしょうし、さて、どのような触れ合いを可能にできますことやら。

今回の睡蓮は小さな作品ですが、様々な顔との出会いとドラマを織り込んだ、初めての実験作となりました。それはここで描こうとした花、金魚、カエルなどを単なる視覚的な組み合わせ、構成としてだけではなく、それぞれが明確な意志を持つ存在として、そこにそのように描こうとしたこと、つまりカエルはただ睡蓮の葉上に居るというだけではなく、睡蓮の香りに引き寄せられて近づいてくる虫たちを“待ち続けている”存在であり、金魚は毎日の私との触れ合いの習慣から、私の気配を感じてエサをねだっている様子で、そこには複雑でも明確なドラマが漂い、それを私は描きたかったのです。

つまり、描かれたものは、何気ないただの絵であっても、よく見るとそこに様々なドラマが織り込まれ、生き生きとした営みを明確に語らせたかったのです。そして、ただきれいに咲いた花を描こうとしたのではなく、一見それだけのものではあっても、深く見ていただくと、イキイキとした様々な生命のドラマがここにある!!

これをテーマにした私の新たな実験でもあることをお感じいただけたら幸いです。



*「月刊石材」2018年5月号より転載
内容は同号掲載当時のものです


本間洋一(ほんま よういち)
東京生まれ。武蔵野美術学校(現美術大学)卒業。大理石モザイクをはじめ、建築において手仕事で石を活かす造形を専業とし、下絵、模型から現場制作に至る全工程を自ら行ない、建築との融合を目指す。