いしずえ

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須田郡司~聖なる石への旅「ラリベラの岩窟教会群」(エチオピア)

2020.11.12

その他

写真1 ベテ・ギョルギア


 エチオピアには、岩をくりぬいて造られた岩窟教会があります。ラリベラの岩窟教会群は、花崗岩の岩をくりぬいて作り上げたエチオピア正教会の教会堂群(世界遺産)で、世界の石造建築史から見ても非常に重要な建造物とされています(写真1)。

 2009年、世界石巡礼の途上、私はラリベラを初めて訪ねました。首都アディスアベバからバスで2日かけてラリベラへ到着し、バスターミナルから街に向かって歩き始めると、すぐに息が切れます。それもそのはず、ラリベラは標高2500メートルの高地にあったのです。

 宿を決め、最初にアシェトンの聖マリア教会へ向かいました。標高約4,000メートルの聖なる山、アシェトン山の山麓に聖マリア教会はあります。ここは今から800年程前に作られた岩窟教会で、天国と神により近い教会と信じられています。

 小さな山道をひたすら登ること90分、ようやく標高3,100mの聖マリア教会に辿り着くとミサが行われ、岩窟教会の上では、傘をさした司祭が白装束の信徒達に向かって説教をしていました。岩盤の上には100人近い人々が静かに座り、司祭の声に耳を傾けていました(写真2)。その光景は、原始キリスト教とはこのような光景なのではないかと思わせるものがありました。ミサが終わると、人々は静かに談笑していました(写真3、屋根で覆われた聖マリア教会と背後にそびえるアシェトン山)。

写真2

写真3


 岩窟教会の中に入ると、神父は親切にもエチオピア正教の聖書やクロスを見せてくれました(写真4)。エチオピア正教では各地域、教会ごとに違う形のクロス(十字)を持っており、シルバーのクロスは親から子へと代々引き継がれます。エチオピア正教の聖書の挿絵は独特な雰囲気があり、特に人物の顔はエチオピアの人たちをモデルとしていて親しみやすいものです(写真5)。

写真4

写真5


 翌朝、岩窟教会の中で、最も秀逸で保存状態も良いと云われるベテ・ギョルギア(聖ゲオルギウス聖堂)へ向か いました。聖堂が見える丘に立つと朝のやわらかい日差しが岩肌を包み込んでいます。この聖堂は岩を上から掘りぬき正十字形にしたもので、丘から眺めると実に美しい正十字の形が浮き出ていました(写真6)。しばらくすると、正十字形の岩の淵にひとりの男性がやってきて、彼は静かに屈みながら岩に口付けをして、手を合わせて祈っています。どこか厳かな儀式を覗き見たような気分になります。

写真6


 ベテ・ギョルギアの中に入るため岩の窪みの石段を下りてゆくと、大人一人が通れるように掘り下げられた道になり、トンネルを潜ると聖堂の正面に到達します。下から見ると、彫りぬかれた聖堂はかなりの高さです。高さ12メートル、奥行12メートル、幅12メートルの正十字形の石室で、三階建ての建物くらいはあります。やがて多くのエチオピア人達が訪れ、靴を脱ぎ教会の入口にある岩に向かって口付けをして中に入って行きます。ベテ・ギョルギアの司祭は、参拝者の一人ひとりの顔にクロスを当て、神のご加護を祈念します(写真7)。

写真7


 伝説によると、他の十の聖堂が彫り上げられた後、ラリベラ王の夢枕に聖ゲオルギウスが立ち、作るように命じたといわれています。ベテ・ギョルギアは、別名「ノアの箱舟」とも呼ばれているのです。

 ラリベラに岩窟教会群ができたのは、12世紀の初頭といわれています。アクスム王国の勢力が衰え、新王朝ザグウェのラリベラ王が首都をアクスムからラスタ地方のロハに遷都した時、ロハは、王の名を取ってラリベラと呼ばれました。その頃、イスラム教徒により聖地エルサレムへの道が占領され巡礼ができなくなったので、ラリベラ王はロハの地に第2のエルサレムを建設しようとして、巨大な一枚岩を掘り抜いて11もの岩窟教会を造ったのです。これらの教会を見ると、ラリベラ王の強い決意、人々の信仰への力を感じさせます。また、この11の岩窟教会群は地下通路ですべてつながっているともいわれています。

 ラリベラにあるいくつもの岩窟教会を巡っていると、岩そのものが大切にされ、どこかキリスト(神)の象徴のようにも見えてきます。岩は、まさにアニミズムの世界です。エチオピア正教にとって岩という鉱物は、単なる無機質な存在ではなく、神に近い霊的な存在として捉えているように思えてなりません。

 

※『月刊石材』2014年8月号より転載

 

◎All photos: (c) Gunji Suda

◎ 須田 郡司プロフィール
1962年、群馬県生まれ。島根県出雲市在住。巨石ハンター・フォトグラファー。日本国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。「石の語りべ」として全国を廻り、その魅力を伝えている。写真集『日本の巨石~イワクラの世界』(星雲社)、『日本石巡礼』、『世界石巡礼』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社)など。

◎須田郡司ツイッター
https://twitter.com/voiceofstone