いしずえ

お墓や石に関するさまざまな注目情報を発信します。

須田郡司~聖なる石への旅「五島列島のドルメン・王位石(おえいし)」(長崎県小値賀町)

2020.11.12

その他

写真1


 「五島列島の小島に巨大ドルメンがあり、そのドルメンは沖ノ神島神社のご神体である」

 そんな話を巨石仲間から聞いて、私は長崎へと向かった。

 その島は「野崎島」と呼ばれ、五島列島の東北端にある小値賀島の東方対岸にあった。佐世保港からフェリーに乗り3時間半で小値賀島へ、そこから野崎島行きの町営の小船に乗り換えると10分ほどで目の前に野崎島が現れた。島の中腹に何やら巨石らしき物体が見える(写真1)。まるでロケットのような形をした大きな石柱である。船は、40分ほどで野崎港に到着した。

 寛政の時代(1789-1801年)に大村藩領のキリシタンが五島列島へ移住していった。その中に、野崎島に移住した家族が17世帯あり、それがこの地でのカトリック信仰の始まりだ。島民は最盛期には約650人いたが、高度経済成長期になると減少し、1971年に残っていたカトリック信徒6世帯31人が島を去り、2001年以降は無人島となった。

 島の中心部に残る旧野首教会は、平成元年(1989)に長崎県指定有形文化財に指定され、ユネスコの世界遺産(文化遺産)暫定リストへ掲載が決まった「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会の1つでもある(写真2)。教会近くの廃校は、野崎島自然学塾村として、おぢかアイランドツーリズムが管理している。

写真2


 野崎島は周囲約19キロメートルの地塁山地で、沖ノ神島神社は島の北部山地にある。上陸後、さっそく沖ノ神島神社へと向かった。山道は次第に険しくなっていく(写真3)。それを駆けるように上ってゆくと、どこからか獣の鳴き声が聞こえた。やや物悲しい声の主は、野生の鹿の群れだ。

写真3


 小道をさらに進んでゆくと森の中の所々に巨石が見えてきた。石段を上ると、沖ノ神島神社が鎮座していた(写真4)。神社をお参りして、背後に回ると、巨大な石柱が天に向かって伸びていた。その巨石を見上げながら、この光景は現実なのかと一瞬疑うほどの衝撃を感じた(写真5)。まるで神話の中にいるような、そんな錯覚に陥ってしまったのだ。神社の正面から海を望むと小値賀島が見えていた(写真6)。

写真4

写真5

写真6


 沖ノ神島神社は慶雲元年(704)、小値賀島の地ノ神島(ちのこうじま)神社より奇魂(くしみたま)を分祀し、その沖津宮として創建されたといわれている。神社の後ろに悠々と聳える磐座が「王位石」と呼ばれる石だ。高さ約24メートル、途中から石柱状に2組に分かれて立ち、上にテーブル状の長さ約5メートル、幅約3メートルの平石が乗っている(写真7)。

 私は興奮を抑えることができず、裏山に駆け上って王位石を裏から覗いてみた。その何とも絶妙なバランスに驚嘆するばかりだ(写真8)。この石は、王位石と書いて「おえいし」と呼び、年に米一粒ずつ大きくなるため「生石(おえいし)」ともいわれている。また、伝承に寄れば、この石は竜宮から献じた鳥居であるとか、平石の上に沖ノ神島神社大明神が出現したなどと、様々な伝承がある。

写真7

写真8 


 王位石は、かつて「野崎参り」とか「お山参り」といわれ、小値賀島の漁師の人々の信仰を集めていたという。参拝船には笹竹に取り付けた日の丸を旗めかせ、かけ声も勇ましく、野崎島に渡り、沖ノ神島神社で盛大なお祭りをした。その時、王位石の平石の上でお神楽を舞ったともいわれる。24メートルもの高さの平石を見上げると、ここでお神楽を舞ったとしたら、まさに命がけの奉納だ。

 ただ、野崎島には、今では集団移住で村はなくなり、野生の鹿が生息するばかりだ。地ノ神島神社がある対岸の小値賀島の海辺には鳥居があり、その正面が沖ノ神島神社の方向を向いている(写真9)。

写真9


 この島には、「龍燈」(りゅうとう)と呼ばれる不思議な現象があるという。陰暦の大晦日の夜、沖ノ神島神社の先にある海中の竜宮の門より、月光のごとき火が燃え出て、小値賀島にある地ノ神島神社に光が走るというのだ。実際に龍燈を見た、という報告もされているという。五島列島には、神秘なる世界が今も存在している。

 

※『月刊石材』2014年11月号より転載

 

◎All photos: (c) Gunji Suda

◎ 須田 郡司プロフィール
1962年、群馬県生まれ。島根県出雲市在住。巨石ハンター・フォトグラファー。日本国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。「石の語りべ」として全国を廻り、その魅力を伝えている。写真集『日本の巨石~イワクラの世界』(星雲社)、『日本石巡礼』、『世界石巡礼』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社)など。

◎須田郡司ツイッター
https://twitter.com/voiceofstone