いしずえ

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須田郡司~聖なる石への旅「肥前大和巨石パーク」(佐賀県佐賀市)

2020.11.12

その他

写真1


 2014年10月末、佐賀に移住した友人の企画で、〝石の語りべ講演会〟を佐賀市で初めて開催させていただくことになった。嬉しいことに友人は、「肥前大和巨石パーク」近くの公共施設を見つけてくれた。

 当日朝、講演までしばらく時間があったので久しぶりに巨石パークを見学することにした(写真1)。道路を少し上ると巨石の横に管理棟が見える(写真2)。朝早いせいでまだ開いていない。そのまま道路を上がって行くと駐車場があり、巨石パークの看板も立っている(写真3)。

写真2

写真3


 巨石散策道から15分ほど上ると「石神の滝」と呼ばれる滝が姿を現した(写真4)。巨石を滴る小さな滝だが、どこか風情がある。さらに上がって行くと「神籠石」が上に見えてきた(写真5)。巨石パークの中でも好きな石の一つ。まるで、巨大な生き物のような形で、石の下は空間になっている。

 そこから少し上ると「天の岩門」と呼ばれる石(写真6)。石と言っても大きな巨岩で、岩と岩の隙間に石が挟まっていて門のように見える。隙間から遠くを覗くことが出来る。

写真4

写真5

写真6


 私が初めて「肥前大和巨石パーク」を訪れたのは今から10年前のこと。巨石情報に詳しい友人から教えてもらったことがきっかけだった。その時は真夏であったため、巨石パークの山中で何度も蚊にさされたことが忘れられない。今回はもう11月ということもあり、巨石散策には快適だ。

 今回、特に嬉しかったのは、二つの新しい巨石と出会えたことだ。

 天の岩門から山を上って行くと、傾きながら立っている「蛙石」と呼ばれる巨石を見つけた(写真7)。長さ10メートル以上はあるだろう。それから、しばらく上ると電線の鉄塔が見えてきた。鉄塔から左に少し入ると、ピンクのリボンが枝に付いていたので、そのリボンを頼りに下って行くと、大きな岩が現れた。この岩は岩屋になっていて、中に入ると石の祠に「山神宮」と書かれていた(写真8、9)。

写真7

写真8

写真9


 「肥前大和巨石パーク」を10年ぶりに訪れ、ようやくその御神体的な存在に出会えたのである。私は、踊る心を鎮めながら岩屋の中でお経と祝詞を唱えた。そして、ジンバブエの民族楽器ムビラ(親指ピアノ)を奏でた。

 1つの山である「肥前大和巨石パーク」は、かつて『肥前風土記』にも記された大和町下田山中の巨石群のことで、これらの巨石群が肥前国一宮である与土日女神社の御神体と考えられている。巨石群は標高200〜350メートルの地点にあり、10メートル以上のものが17基も点在する、実に神秘的な存在である。

 パワースポットへの関心の高まりもあって、この巨石パークを訪れる方も増えていると聞く。そこには、巨石という自然への畏怖と信仰への関心の高まりがあるのかも知れない。

 巨石パークでは山中に点在する巨石群に遊歩道をめぐらせ、いくつかの石に看板を付けているが、今回、久しぶりに歩いて、看板の文字が消えているところがあったり、ガムテープで補強しているものなど、見苦しい状態が気になった。山中の遊歩道は、所々で階段が朽ちている場所があり、歩くのに危険な箇所もあった。

 巨石パークの管理棟はグランドゴルフができる平地の中にぽつんと建っている。 私は、ふと思った。ここに巨石パークビジターセンターのような施設を作り、「肥前大和巨石パーク」の歴史や信仰などの資料館、また日本全体、世界各地の巨石文化を学べるようなものができないだろう。そうすれば、日本と世界の巨石文化を学び、実際にここ巨石パークで石の魅力を感じることができるのではないだろうか、と。

 日本で最初の巨石パークと思われる「肥前大和巨石パーク」が、“大和町”にあることも重要に思えてならない……。

写真10 パーク内にある烏帽子岩

 

※『月刊石材』2015年1月号より転載

 

◎All photos: (c) Gunji Suda

◎ 須田 郡司プロフィール
1962年、群馬県生まれ。島根県出雲市在住。巨石ハンター・フォトグラファー。日本国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。「石の語りべ」として全国を廻り、その魅力を伝えている。写真集『日本の巨石~イワクラの世界』(星雲社)、『日本石巡礼』、『世界石巡礼』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本の聖なる石を訪ねて』(祥伝社)など。

◎須田郡司ツイッター
https://twitter.com/voiceofstone