いしずえ

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庵治石細目で釈迦苦行像を制作 石大・兼子石材店(滋賀県近江八幡市)

2024.06.12

石仏・灯籠・鳥居

●『月刊石材』2024年5月号掲載



庵治石細目で釈迦苦行像を制作 
石大・兼子石材店(滋賀県近江八幡市)

 

兼子さんが制作した釈迦苦行像。庵治石細目、高さ尺八寸

 

「つくっている間はとても楽しかった。ただ、いくら粘土で模型をつくったといっても、探り探りつくったので、『もう少しこうしたらよかった』という部分がたくさんある。機会があれば、またつくりたい」

 滋賀県近江八幡市のJR安土駅前にある袈裟匠・草戸庵(植田浄光代表)の店舗前に2024年4月初め、釈迦苦行像が設置された。お釈迦様の誕生日とされる4月5日には入仏慶讃法要が執り行なわれ、すでに同店舗のシンボルとなっている(石文社 現地レポート参照)。

 この釈迦苦行像を制作したのは、天保元(1830)年創業の石大・兼子石材店の6代目・兼子裕司さん(57歳。2024年5月現在)。石都岡崎で狛犬づくりを得意としていた(株)成瀬石材商会(廃業)で6年近く修業した経験を持つ。冒頭の言葉は兼子さんの言葉で、「肋骨の間隔はもう少し狭くてもよかった」「首や肩の部分なども気にいらない」と反省の弁も続いたが、細部まで綺麗に仕上げられており、見事な出来栄えだ。

石大・兼子石材店の6代目・兼子裕司さん


 釈迦苦行像の施主は、袈裟匠・草戸庵の代表である植田さん。店舗前の荘厳さを保つために、まず2023年6月に四国八十八ヶ所霊場の「お砂踏み」の石碑を設置し、そして今春、釈迦苦行像を設置した。 石碑の制作・設置も兼子さんの仕事で、植田さんは兼子さんとの出会いをこう振り返る。

 「最初に会ったのは地元の居酒屋で、コロナ前のこと。家が近く、兼子さんと一緒に帰ったときには『灯籠を売ってくれ。ちゃんとバックするから』といった話もありました(笑)」

 植田さんは法衣や荘厳品などを制作・販売しており、全国各地の寺院とつながりがあった。よって、兼子さんの「灯籠を売ってくれ」という言葉につながるわけだが、植田さんは兼子さんの人柄や仕事を知るにつれ、「後世に残せるものがつくれると思った」という。

「安土駅前にある織田信長像を観光客の方が写真撮影をすると、バックに店が写ります。その写真を見て、『草戸庵らしいものを何か設置したい』と思っていました」

 

JR安土駅前にある織田信長公の銅像。
バックに草戸庵のある建物があり、小さく釈迦苦行像と石碑が見える


 植田さんはこうも話し、「お砂踏み」の石碑は、店舗前にあった植え込みを改修して設置。釈迦苦行像は植田さんが以前、香川県高松市にある光教寺で見たものが印象に残っており、兼子さんに制作を相談、見積りを依頼した。

 兼子さんが植田さんに見積書を提出したのは2023年8月。その後、打ち合わせを繰り返し、釈迦苦行像の容姿についても、お互いにインターネット等でいろいろと調べた。寸法も二人で相談し合い、石碑の高さと同じになるよう苦行像の大きさを決めた。

 「植田さんが『これがいい』とネット検索で見つけた埼玉県川口市のお寺にある釈迦苦行像(銅製)を見に行き、寸法を測らせてもらった。2023年9月のことで、10月には兵庫県伊丹市のお寺にも苦行像(砂岩製)を見に行った。アマゾンで人体骨格模型を買い、その模型が正しいのかわからないので、肋骨の数、肩甲骨、背骨のかたちなどをネットでも確認。わからないことばかりで、たいへんやった(笑)」

アマゾンで購入した人体骨格模型(左)と、兼子さんがつくった粘土の模型(中・右)

 
 兼子さんはこう振り返る。2023年11月には川口のお寺で見た釈迦苦行像をモデルに、粘土で模型をつくった。庵治石細目の原石は同月下旬、(有)庵治石彫工房から入荷。同年中に荒切りまでを予定していたが、忙しく作業はできなかった。

 制作開始は年明けの新年8日の仕事始めからで、大方のかたちが出来上がったのは3月初め。その後、苦行像を屋外に置き、太陽光のもとで加工の粗い部分などを確認して手直しした。3月27日に草戸庵の前に台石を据え、釈迦苦行像を据えたのは4月5日。さらしを巻き、入仏慶讃法要に備えた。

まず、原石を切削機で粗切りし(左)、その後最初のうちはノミでかたちをつくり(中)、徐々にカッターを使う頻度が増えていった(右)。写真提供:兼子石材店

首は折れやすいので、支えとして石を残しながら制作(左)。蓮華台の蓮弁は8枚で仕上げた(中)。工場にて完成した釈迦苦行像と蓮華台(右)。写真提供:兼子石材店


「庵治石を選んだ理由は、兼子さんから『彫刻に向いている。よい仕事ができる』と聞いていたからです。よい材料を使わないとよいものはできません。今回はいろいろと勉強し、制作してくれた。苦行像は草戸庵の創業20周年を記念するものでもあり、心より感謝しています」

 植田さんの義理の祖父が高松市の出身で、また香川県には実家の正圓寺と同じ真宗興正派の寺院が多く、お寺としての親戚付き合いもあり、植田さんはそもそも庵治石とご縁があった。

「硬くて粘り気がある庵治石だから綺麗に仕上がる。庵治石は手を掛ければ掛けるほど青くなる。ええ石や」と兼子さん。禅定印を結ぶ手の部分は破損の危険性もあるが、あえて実際のとおり空間にした。顔は3回手掛けて仕上げた。1回目は直せるように大きめにつくり、徐々に細くしていった。目は最後に仕上げ、「木造の苦行像は目などが窪みすぎて人間っぽくない」と人間味を出すようにした。

釈迦苦行像のお顔部分。目は最後に仕上げた

「体の厚みは4寸。体が細いのでノミを使ったのは最初だけ。あとはエアハンマーや。いまは道具がいろいろとあるから、大体のものはつくれる。蓮華台の蓮弁はいつも6枚だが、今回は8枚にした。苦行像の大きさからすると6枚だと蓮弁が大き過ぎる。2枚余計につくらなければならなかったが、8枚の方がすっきりすると思った」

 兼子さんは仕上げにこだわり、各所でコベラも使用。字彫りでは普段から使用しており、常に手を抜くことはしない。座禅の姿勢から骨の出方、血管の浮き方などの細部までいろいろと調べ、自分なりに表現した。

 「これを機に、もっともっといろいろな彫刻モノをつくりたい」と兼子さん。今年に入ってから、「墓じまいの石でお地蔵さんをつくってほしい」「お稲荷さんのキツネをつくってほしい」「鯉をつくってほしい」「ウナギのモニュメントをつくってほしい」など、彫刻モノの話が増えている。受注に至らないこともあるが、墓石以外の依頼も増えてきた。

 「石屋の仕事は残る。釈迦苦行像は駅前にあり、これからたくさんの人に見られる。これからもしっかりとした仕事をしていきたい」

 兼子さんの今後の仕事も注目だ。


◎石大・兼子石材店
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺602
https://ishidai1830.jp